追憶の白亜
何年か前の夜。確かあれは…星輝の24日深夜…いや、すでに25日へと差し掛かっていたはずだ。
星も出ていない夜空に地響きと共に白い太陽の如き光が現れ、少しの間だけ昼間のような明るさをもたらしたという出来事があった。陽光とは似て非なる白き極光は私たちの眼を焼き、その輝きを記憶へと焼き付けた。
その白亜の極光に何をヒトが何を見出したのかは、見た本人たちにしか知りえず、言葉にするには私の持ちえる語彙では適切な表現が見つからない。しかし、あえて言うのであれば『恐れ』であろうか。
なぜなら、ガウディに住む者ならば、忘れようとも忘れられない出来事を彷彿させるからだ。…そう、天に向って放たれたとも、地に穿たれたとも言われる『閃光の悲劇』。
光とは、我々の生活に無くてはならないものだ。それは『宵闇』の頃に皮肉にも証明されている。日の当たる場所こそ、ヒトの生きる場所であり、唯一の平穏であるのだ。
しかし、あまりにも強い光は時に私たちに『恐れ』を抱かせる。あまりにも強大で非力なヒトの身ではどうしようもない存在に私たちは畏怖し、遠ざけたいと思う。それが間違っていると思わないし、畏怖を抱くのと同じように光に惹かれる自分を自覚することもまた事実だ。
その『白亜の極光』を当時調べて回っていた私も、同じような心持ちだったのかもしれない。一度は恐れを抱きながらも、胸の内から湧き上がる好奇心に屈するのだ。
…あの頃はまったく事態の片鱗も見えてこなかった。だが、何年か経つ内におぼろげながらだが、徐々に事の輪郭が見えてきた。
あの日、あの時、極光の下にあり、今は新たな建物が立つ場所にはグレディという名の商会があった。魔法の品々の売買を生業とする後ろ暗い事情のある商会ではあったが、そこからもたらされる魔法の品々の貴重さは言うまでも無く、対妖魔戦線を支えなければならないガウディにおいては極光の下に消えた数々の品は惜しいと言うしかない。
抉れるようにして消えたグレディ商会の跡地には何も遺されていなかった。そこで何があったのかも、だ。けれど、その前後のことはヒトの目を通し、記憶として残る。まったく手掛かりがないというわけではない。あれだけの騒ぎだったのだ、何かしら『極光』へと繋がる情報を持つ者がいるはずだ。
こういった聞き込みというのは大抵ある程度、財布の紐を緩めなければならないことなど慣れっこであったが、今回は相当な緩めっぷりだったと言わざるを得ない。その代りに、得るものも得られたのだが。
第一の収穫は、あの日関与していた人物たちだ。
まず、言うまでもなく、グレディ商会の主、グレディ=イザスティン。渦中の人であり、すでに故人であることは前述した通りだ。
次に、驚くべきことに、この出来事に冒険者の姿があったと言うのだ。確かに千年都市ガウディと呼ばれたこの街では冒険者の姿など珍しくもないだろう。私でも眼にも留めないし、友人にだってそれなりに名前の知れた者だっている。
そう、ただの冒険者なら、だ。
あの日、商会の事務所の近くで目撃されたというのは『不屈の蒼』エルディアス=イスト、『生還者』ミール=セントプーレといった冒険者の中でも頭角を現し始め、若くして才能を認められた二つ名を持つ者たちだったからだ。この二人だけではなかったが、他にも有力な冒険者が懇意にしているという三つ目の巨人亭という冒険者の酒場の面々の姿が確認されている。
彼らがあの極光を引き起こしたとは考えがたいが、何かしらの関係があったと見て間違いないだろうと私は見ている。あの光景はヒトの力では成し得ない、いや、成し得てはならないと感じる。ヒトにはヒトの分不相応と言うものがあるはずだ。
また、グレディ商会は冒険者の酒場に仕事の依頼とも取れる張り紙を残していた。
報酬金貨1枚という通常の依頼から考えれば、破格とも言える依頼は『スピンガルダ』と呼ばれる魔法の品の発見だ。詳細は商会事務所で行なう、という内容だったそうだが、あまりにも不審な依頼に冒険者は寄り付かなかったようである。これには正直、苦笑する。今の私だったら、直ぐにでも食いつくのだが。
私の懐具合は放っておくとして、この依頼はすぐに取り下げられたらしい。どうやら、例の『スピンガルダ』が見つかったらしいことが直接の要因であるようだが、真偽の程を確かめようにも、その直ぐ後にグレディ商会は極光に呑まれて消えたのである。
わかったのは極光に関わっていたのがグレディ商会と冒険者、そして『スピンガルダ』という魔法の品だけだ。肝心な所にはまったく調べが回らないのが私の限界であろうか。来月には所帯を持つのだが、妻となる彼女に見限られないようにどうにか手を尽くしたい所である。なので、少し角度をかえて『スピンガルダ』とは一体何なのか。そこから、真相に近づけはしまいか、そう思った私は居ても立ってもいられなくなり、またもや魔法の品々に関する文献に埋もれていったのだが………まあ、結果は推して計るべし、だ。
この文の流れがからして、察しているだろうが、収穫は殆どと言って良いほど無い。判明したのは形状が『槍』であるということと、『戦乙女』を指す名であるということだけだ。なんとなくイメージで『槍』を持つ『戦乙女』というのは判り易いのではないだろうか?『戦乙女』の名は多くの伝承にも見受けられるし、実際に記録ギルドの中には『戦乙女』を身に宿した神官を助けた冒険者の話もあるくらいだ。
どうやら、この『スピンガルダ』と呼ばれる『戦乙女』の記述には『アクスト』と呼ばれる『戦乙女』の名も記されていて、バーネッツとゼクスセクスの境にある砂漠周辺が由来の伝承であるらしい。
詳細は不明なままであるが、春の到来もすでに近づいている。雪が消える頃には、この一時の平穏さえも妖魔の侵攻に掻き消されるだろう。非力な身である私にできることは少ないが、伝承に出てくるような『戦乙女』の加護や活躍を前線に赴く戦士たちに祈らずにはいられない。
「…まあ、なんとも気弱な文章だな」
私は重い息を吐き出した。止まない雪に悩まされることは今年こそなかったが、春になれば妖魔の動きも活性化される。そうなれば、また第三次外周区攻防戦のようなガウディの外壁近くでの戦争も余儀なくされる。噂では、妖魔に陥落された街の奪還も視野に入れた極秘裏の偵察も行なわれているようだが…どれ程のことが期待できようか。
「…まったくもって気弱なこった。それにしても…」
視線を資料の上に落とすと、そこには、一節の歌が記されている。
『翼あるものは地に堕ちたがる 三姉妹もまた然り
深黒、限りある狭き視界を求め
青漆、遠く及ばぬ歌声を求め
白亜、色褪せる理の色彩を求め
遠く遠く忘却の果てに 世に一つ』
そして、『スピンガルダ』『アクスト』の単語が記され、矢印がそれぞれ『白亜』、『青漆』へと繋がっている。しかし、『深黒』に対応する単語は記されていない。
「…『白亜』がスピンガルダ、『青漆』がアクストに符号することがわかったが………なら、この『深黒』とは一体なんだ?三姉妹のことだとしても…何故、これだけ記述がまったくないんだ…?」
まったく訳がわからん、と頭を苛立ち任せに掻く。
はらり、と床に落ちた抜け毛の量を見て、私はさらに重たい息を吐き出すしかなかった…
文章:ラサPLサニロ