天聖暦1047年 地吼の月 翡翠の森
晩秋の冷たく澄んだ空気が、森の中を風となって静かに吹き抜けていく。
風の掌に撫でられた木々の葉が触れ合い、衰えた葉面がかさかさと鳴る。
その木の枝のひとつに、まるで森の風景の一部の様に少女が横たわっていた。
魔物が棲み、「入れば二度と出られない」と恐れられる「翡翠の森」。
その最奥部に程近い、息詰まるような濃い森気の中、少女はすうすうと寝息を立てていた。
やや小柄な身体に、狩人の装備を身につけ、淡い黄金色の髪は秋色のバンダナで巻きしめている。
「森の守護者」とも呼ばれるエルフ族かとも思われる容姿だが、特徴とされる耳は明らかに人間のものだ。
静かに、少女は目を開いた。生気溢れる碧の瞳が輝き、次の瞬間その身体は宙を舞っていた。
苔むした岩場を、天高い木々の間を、清らかなせせらぎにかかる倒木の上を、少女は駆ける。
森に棲む様々な動物、魔獣、生き物が駆けて行くその姿を見やる。―やがて森の入り口。
外から差し込む眩しい光の中に、大柄な人影を見つけた少女は、自らの予感にそっと微笑んだ。
―始まるのだ、面白い事が。