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緑薫の月

チェスター乱心

「サーゲオルーグ王国の王座を狙い、かつて謀反を起こしたがゆえに我らによって断罪されたヴィルヘルム=フォン=デュセスに続き、我らはその娘であるヴィクトル=フォン=デュセスを捕らえ、昨日その罪から処刑を執り行うことを決定した」
突然の死都サーゲオルーグの背徳の王チェスター=マイヤーの発表が、記録ギルドのみならず各地において波紋をもたらしている。
そもそもヴィルヘルム=フォン=デュセスが謀反を起こしたなどとありえない出来事である上に、さらにその娘であるヴィクトル=フォン=デュセスを捕らえた上に処刑するなどという突然の報に驚くなということがそもそも無理ということだ。
すでに現在のシーポート領主であるニル=フォン=ウェイの妻であり、サーゲオルーグ王国の第二王女であったフォルティアナ=フォン=サーゲオルーグにより、その名は地に落ちているチェスターの言など信用に値するはずもないが、そこで出てきた名前がかの【豪腕】ルデュの名であったのだから、記録ギルドとしては無視するわけにはいかなかった。
現在、ヴィクトル=フォン=デュセスことルデュは政争から身を引くために、自身の母親とともにガウディにおいて隠居をしている身であり、公式の場には一切その姿を見せなくなって数年以上が経過している。
しかし、公式の場に姿を見せなくなったとはいえ、あの銀髪に一房朱の混じる髪を持つ女性はたまにひょっこりと冒険者ギルドなどに姿を見せては自分の母親の目を治すための薬が手に入ったかを聞いていることもあり、その人物が突然サーゲオルーグで処刑というのであるから驚かないわけにはいくまい。
そもそも、チェスターが罪状としてあげているルデュの罪は以下のようなものだ。

・サーゲオルーグ王国を混乱に陥れた。
・偽王であるアンガルスク二世の下で兵を上げ、サーゲオルーグの兵士たちに傷を負わせた。
・ゼクスセクスと結託し、サーゲオルーグ王国との同盟関係にあるバーネッツ王国の領土であったフィンディアを攻め落とした。

どれをとってみても、ガウディで隠棲しているルデュには関係の無い話であるとともに、むしろ、正式に王位も継承しているわけではないチェスターの言いがかりとしか思えないような内容に他ならなかった。
また、どちらかといえばすべての諸悪の根源はチェスター自身であり、誰もが望むのは彼自身が処刑されてこの世界から姿を消してくれることなのではないだろうか。
実際、この情報がガウディにもたらされてすぐ、
「このような世迷言に公式な発言など必要もない」
と、ガウディ評議会はばっさりと切り捨てている状況である。

「まったく、いいがかりにもほどがある!」
私はその手を分厚いテーブルに叩きつけていた。1029年のデュセスの災難を含め、これまで彼女がどれだけの目にあい、それでも、このような政争の場を避けるため、無用な争いを避けるために怒りを押し殺して隠棲の身となったルデュ嬢のことを思うと胸が張り裂けそうになる。
「それだけ、デュセスの血統は妖魔王国にとっても脅威なのだろうが、しかし、怒りが収まらん」
私の口から吐き出される数々のチェスターへの罵倒の言葉に、彼は何も言わずに静かにシーポートから買ってきたという茶を飲んでいた。
「……もし、貴方が攻め手を失ったらどうしますか」
彼はすくっと立ち上がると、テーブルの脇においてあったチェスボードを指差して口を開いていた。
「攻め手を失ったなら守るだけだが?」
未だに収まらぬ憤りの感情をさらしながら私は彼にその怒りをぶつけるように答えていた。「獣の凶暴化」によっていかに動きが取れないとはいえ、このような心理戦にもならぬようなやり方をしてくるとは……すでに終わっているとは思っていたが、奴はとことん終わっているな」
吐き出される言葉はすべてチェスターを罵るための言葉であり、今の私には彼の言葉の意味を深く考えるだけの心の余裕は存在していなかった……

記事:ウェイト=オン=サンク


サーゲオルーグ侵攻

ガウディ評議会は本日声明を発表した。
「死都サーゲオルーグへ、蒼の騎士団により侵攻を行う。この侵攻はサーゲオルーグ奪還のためではなく、妖魔王国に対しての牽制であり、我々人類種が座して妖魔種の侵攻を待つのではないという意思を示すためのものである。この侵攻は傭兵都市リオンとの共同戦線であり、獣種の異変により混乱の度合いが高まっているサーゲオルーグにおける妖魔軍の現在の兵力や統率力をはかるための作戦である」
アンガルスクⅡ世の宣言に、居並ぶ評議会の議員たちも力強く頷き、そして蒼の騎士団の団員たちは高くその手に持った武器を掲げたという。
実際、妖魔軍の侵攻は昨年の神滅の月を過ぎて以降パタリとその動きを止めており、獣種の力に頼っている部分が非常に大きかったとはいえ、こうまで静かなのは不気味と思えなくも無かった。
さらに、先月末のヴィクトル嬢の捕縛というチェスターの声明に多くの者たちが怒りを覚えており……特にかつてのヴィルヘルム卿という軍部の絶対的カリスマの存在を覚えている蒼の騎士団の騎士たちの中に激しい怒りをもたらしていた。
それらの溜まりに溜まった怒りの捌け口が今回の侵攻に繋がったと思えなくもなかったが、それにしてはあまりにも急過ぎる侵攻の発表にサーゲオルーグに親類などがいる貴族たちの間からは微かとは言え不満の声が漏れているのも事実だ。
実際、死都サーゲオルーグにおいてチェスターの存在は人類種の貴族たちにとっての象徴でもあり、現在も貴族としての特権は守られているという。
あの王都陥落の日からもサーゲオルーグの貴族はその特権を剥奪されることは無く、日々を変わらずに過ごしているといわれている。それに対し、一般市民などは奴隷とされ、一部の鍛冶などの技術を持つ者たちには一定の自由などが与えられているという。
フィンディアのように徹底した弾圧による力による支配だけではなく、チェスターがいることにより一定とはいえ理性による統治も行われているというのは奇妙な話だと思わざるを得ない。

だが、それでも奪取できることならばサーゲオルーグを奪取したいと思うのは、あの場所が戦略上の要所であり、あそこを奪取しない限りバーネッツやラングレイという都市を解放することが非常に難しくなることを誰しもが知っているからではないだろうか。
実際に、サーゲオルーグが落ちた時から北方も西方も……そしてこのガウディを含めた南方も常に妖魔軍の侵攻の脅威にさらされ続けており、それがどれだけの精神的な圧迫としてこの街に影響を与えているかを想像することは難しくないだろう。同時に、蒼の騎士団や自警団などが外周区を含めた見回りにどれだけの人材をまわしているかを考えれば、その影響は精神的なものだけではすんでいない。
ガウディ評議会は今回の件はサーゲオルーグ攻略のための軍の派遣ではないと言っているが、サーゲオルーグ攻略がどれだけ望まれているか、また、ガウディの平和のためにも攻略を誰よりも望んでいるのはガウディ評議会の者たちなのではないだろうか。

「…………」
筆をおきながら、私は何もいえずにいた。緑薫の月の風は開けた窓から流れ込んできて、その暖かさに私は心地よさと、春先の冷たさの両方を感じずに入られなかった。
「私は筆を折り、この街を離れ……二度と筆をとることはないだろう……か」
それはきっと一つの未来であり、可能性であり、決まったことではないと知りつつ、その可能性に何もいえなくなった自分がいた。
「……ヴォンジアに渡り、家族と余生を静かに過ごすのも良いのではありませんか。少なくとも、その時を迎えたとしてもヴォンジアまで妖魔軍が到達するのはまだ数年の余地はあるでしょうしね」
そのように告げる彼の言葉に、けれど私は何も返すことはできなかった。私とともに彼はあの老婆の予言を聞いている。彼に与えられた予言は私とは比べ物にならないくらいに絶望的で……いや、絶望的であったとしても、昨日の野営地であのジョン=クラウンは言ったという。
「1%でも可能性があるならば」……と。それだけの強さを私も持ちたいと思う。だが、それは過酷な道だと、過酷な道であるからこそ憧れるのだと、私は窓からの穏やかな風に涙がこぼれそうになるのをこらえていた。

記事:ウェイト=オン=サンク


情報と進軍

これまでガウディやリオンといった解放都市同盟が常に死都サーゲオルーグに対し進軍できずにいた大きな理由の一つに、死都内の情報が余りにも手に入らなかったという揺るがすことの出来ない、まさに歴然たる事実とそれによってもたらされている現状がある。
鳥人を使った偵察により情報を得ようと空を駆ければ、間違いなく軍略によるものと考えるほかにないほどに適切に配置された翼を持つ妖魔たちによって阻まれ続けていた。
結局、1043年の天静の月の大脱走以来、死都を抜けて情報をもたらす存在が公式には存在していないというほかにない状況だった。
あの手この手を用いて死都の情報を得ようとはしても、現状の戦力を分析した時に常に侵攻を仕掛けてくる側が妖魔軍であり、防衛戦を繰り返してきていたガウディには情報収集を仕掛けるための時間を与えてもらうことはできず、結果、正体不明難攻不落の妖しい都市である「妖都サーゲオルーグ」を誕生させてしまった。
何よりも、常に防戦の中にあったガウディにとっては、「妖都」への斥候の派遣そのものをためらわずにはいられない理由があった。
如何に情報が必要であったとしても、そこに犠牲が伴った場合に……得られる情報と支払い代償を天秤にかけられるほど、現状のガウディに力が無いといわざるを得なかったのかもしれない。
そう、「妖都」の存在はこの時代に不可欠な貴重な人材を浪費することを是とするわけにはいかない解放都市同盟を萎縮させ、結果として喉から手が出るほどに欲しいサーゲオルーグにおける妖魔軍の数やフィンディアやラングレイのように奴隷としての日々を余儀なくされているだろう同胞についての情報が、月日の経過とともに正確さを失い続けていた。
それが……打破された。
まるで卵の殻に亀裂を入れた程度なのかもしれないが、オフィスコから届けられた僅かなその情報をガウディ評議会は進軍を前に公表に踏み切った。
「サーゲオルーグにいる同胞は、何かしらの拘束により街の外へと出られなくなっている。これはサーゲオルーグ侵攻に先立ち、情報を得んとした者の手によって持ち帰られた僅かな情報である。だが、この情報により、これまでどうして死都サーゲオルーグから逃れてくる者がいなかったのかについての説明がつく。残念ながら「何かしらの拘束」がどのようなものなのかについては未だ解明されておらず、それを解明することが今後サーゲオルーグを奪還する上で必要不可欠な条件となった……越えるべき障害の存在は悪い報のように思えるかもしれないが、越えるべき障害が存在が確認されたならば、それを超えればよい。知らずに手を尽くせないのと、知ることによってあらん限りの知恵を絞り、対策をたてられるということは天と地ほどの差があることからも、この報は吉報と言えよう」
強がりと鼻で笑ってしまうこともできるほどの声明でありながら、そこには大きな希望があった。
それは、死都においてすでに命を失っていたかもしれないと思われる同胞たちが生きている可能性が非常に高くなったという現実だ。囚われていたとしても、障害さえ越えることが出来ればともに武器を手にとって戦うことも可能かもしれないのだから。
なにより、サーゲオルーグに家族を持つ者たちにとって、これは生存の可能性を秘めた朗報といえたのではないだろうか。

今、ガウディの士気は向上している。そして、それは蒼の騎士団の者たちも同じだったのではないだろうか。
サーゲオルーグに家族残す者たちはこぞって騎士団の詰め所に訪れ願いを伝え、そして願いを託している。その願いを持って蒼の騎士団の中でも精鋭だけで選抜された者たちはガウディを出立した。
陽光を煌びやかに弾き返す美しい甲冑を身に纏い……彼らはまさしく希望の光そのものであった。

これまで耐えることだけを求められ。
これまで諦めることだけを求められ。
それでも希望を失わずに日々を暮らし。
それでも光明を求めて日々を暮らし。
ようやく手にしたこの機会に……多くの期待を持つことは罪ではない。過大な期待を持つなという方が残酷だろう。
アンガルスク二世の旗の下で、過剰なほどの期待が膨らんでいることを危惧しないわけではない。
だが、期待せずにはいられないのは、このガウディに住む全ての人にとってどうしようもできないことだろう……それほどまでに、抑圧され続けてきたのだから。

「初めての攻勢か」
出立した騎士団の姿を思い返しながら私は拳を握り締めていた。
「人の口に戸は立てられている。ゆえに、人々は騎士団を鼓舞する。騎士団に声を送る……希望を託す」
この進軍の意味を知る者たちの想いをどうか叶えて欲しいと私は願わずにはいられない。できることなら可能な限り少ない犠牲の上に全てが良い方向へと向かって欲しいと思う。
けれど、その可能な限り少ない犠牲はすでに発生し、発生したからこそ新しい情報が届けられたのだということに、私は死せる勇者に黙祷を捧げた。
生きて帰ることが勝利ではないと知りながら、生きて帰ったとしても敗北かもしれないと知りながら……それでも生きて帰ることを願ってしまう。
「まだ、はじまったばかりだ。この一戦で全てが終わるなどと甘い考えは持たない。だから、勝利とともに生きて帰ってきてくれ」
あの野営地にいた者たちの顔を思い返しながら、私は誰一人その名を忘れまいと心に誓っていた。

記事:ウェイト=オン=サンク


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