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シェイド・フェイド

シェイド・フェイド(第一話)

  「私は貴方。貴方は私。私は貴方の影より出でし、影姿(にすがた)…」
 『それ』は闇を塗り込めたかのような影に包まれていた。人形をしている以上、『それ』がヒトなのであろうということは容易に想像できた。だが、『それ』がヒトではないことを証明しているものがあった。『それ』の背には黄金の翼が生えていた。
「…私は車輪十二座位の『影姿』。それが貴方の魂を縛る。貴方は選ばれた…器を満たす魂に相応しい…」
 呟くようにしていった言葉は理解できなかった。
 ただ、それが恐ろしくもあり、どこか救われたような気分だった。何が自分にそう思わせるのか、わからなかったが、それでも彼は救われたのだと思った。
 しかし、それが一時の甘い泡沫のような感傷であると気がつくのに、時間は掛からなかった。
 『それ』は断ち切るようにして言った。
 彼の体と影を裁ち斬るように。
「私は貴方になる。貴方は私になる。それが罪。それが罰。永遠よりも長き刹那…我らが車輪に沈め…」

天聖暦1048年 緑薫の月 千年都市ガウディ

黄昏刻…変わることなく、千年都市は橙に染まる。ヒトの行き交いは、忙しく。ヒトの営みは未だ止むには早く。千年都市の血脈とも言える道は、未だ脈々と続いている。
「さて・・・、今日はいるのかねぇ・・・」
 一人の傭兵が、ヒトの流れに乗ってふらふらと練り歩いていた。
 彼の名はヴェガ。彼の名を知る者であれば、彼が『血化粧の死神』と呼ばれる傭兵であることも当然知っていただろう。
 そんな彼が向う先は徐々にヒトの行き交いが少なくって行く。
 それもそのはずだろう。彼の目指す先は共同墓地。
 過去の英雄も、名も無きまま果てて逝った者たちも等しく眠る場所だ。
 その墓地も黄昏色に染まっている。時を報せる鐘の音だけが、ヴェガの耳朶を打つ。
 墓地の入口に立つまで誰にも会わず、それはおろか墓守さえいないことにヴェガは違和感を感じつつも肩に乗せた大鎌を揺らす。
 だが、そんな些細なことはヴェガには関係がなかったのだろう。ハッ、と息を吐き出すようにして笑う。
 彼の目の前には、酒場でネリーと名乗る少女から聞いた黒甲冑の騎士。赤黒い剣を帯剣した、その姿は見覚えがあったに違いない。
「よぉ・・・。こんなとこでそんな全身フル装備で・・・、何してんだい・・?」
「………………」
 黒騎士は応えない。
 その代りに赤黒い剣を正眼に構える。
 全身鎧に包まれたその顔は伺いしれぬが…ヴェガはその騎士の名を知っていた。
 
 そう、その者名は――――

 一夜のみガウディに顕現した騎士王…『ナイトオブナイツ』。

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シェイド・フェイド(第二話)

天聖暦1048年 緑薫の月 千年都市ガウディ

 黄昏の色に染まる共同墓地。
 閑静な櫃の上で二つの黒が対峙する。
 一人は黒き鎧に銀十字を背負いし、漆黒の外衣…そして何よりも目を引くのは妖しき輝きを放つ大鎌。『血化粧の死神』。
 かたや、もう一つの黒は、嘗てガウディを一夜にして戦場へと変え、一夜の内に消え去った黒き全身甲冑に身を包んだ『騎士王』。その手にあるのは赤黒き直剣…『血染めのナグルファル』。
「まさか・・・、過去の亡霊に会えるとはな・・・」
 ヴェガが不敵な笑みを浮かべつつ、間合いを計る。間合いの長さはこちらが圧倒的に優位。彼の手にした長者は、飛び込んでくる敵を薙ぎ払う。たとえ、近づいたとしても重戦士たる鉄壁の鎧が、彼に傷を負わせることなく阻むだろう。
「・・・・・・」
<さて・・・、どうしたもんかな・・・・>
 『咎人の剣士』が『暴風』の如き技量であるとするのであれば、『血化粧の死神』は『難攻不落』。そう形容するしかないほどに重戦士としての技量は卓越したものであった。
 無論、『覇王』や『戦鬼』がどれ程の高みにいるのかは、想像する術もない。
「…どうした。そこはすでに私の間合いだぞ」
 しかし、その『難攻不落』を前にしても『騎士王』は穏やかな声色で言い放つ。
 正眼に構えた直剣の間合いには遠すぎる。それはヴェガが一番わかっていたのではないだろう。ハッタリだ、と想ったのかもしれない。
 何よりも、すでに『騎士王』の戦い方は一度見ているのだ。確かに炎の魔法を使われてはヴェガには形勢が不利になろう。だが、それより早く刈ってしまえば良い。
「………………」
 呼気もなければ、裂帛の気合もなく、踏み出した音もなく、『騎士王』は瞬時にヴェガの懐に入り込んでいた。
 いつの間に、という声もなく、ヴェガは手甲で繰り出された直剣を弾く。
「地獄に帰んな・・・!!地獄の門番【ヘルズキーパー】」
 手甲で弾くと同時に上体をそらし、下段に持ち構えていた大鎌を振り上げるも、それは全身鎧を着込んでいるとは思えないほどの速度で『騎士王』によって避けられていた。
 だが、初撃など所詮は牽制にすぎない。
 振り上げられた大鎌を瞬時に振り下ろす。今度は上段から襲い来る兇刃に『騎士王』それ以上、後ろに退くことなく左手を振り上げる。
 ヴェガの大鎌が『騎士王』の兜を割るより早く、その柄を黒い手甲が掴んでいた。すんでのところで圧し留められたのだ。
「…温い攻撃だ…大層な名前の割りには」
 その声が聞こえたと思った次の瞬間、ヴェガは横殴りの衝撃を受けていた。一撃で意識が飛んでしまいそうに鳴るほどの衝撃。あまりのことに足がふらつく。
「くっ・・・さすがに『騎士王』か・・・」
 呻くと同時に後方へと飛び、間合いを取ろうとする。そして、ヴェガはその目に見ただろう。ヴェガの頭を横殴りにしたのが、剣でもなく、手甲でもなく、足甲だったことに。
 驚くことに『騎士王』はヴェガの大鎌を掴んだ体勢から上段の蹴撃を放ったのだ。いや、それ以上に驚異なのは、全身鎧である以上、絶対に免れぬ重量と稼動範囲の制限を物ともせずにヴェガの頭部へと一撃を放ったことだろう。
「…その後退が時に生死を分かつ」
 その後退が命取りだと言わんばかりに肉薄する『騎士王』。
 赤黒い剣が宙を閃き、ヴェガの左腕から鮮血が舞う。斬られたのだと知覚するより早く、下腹部に鈍い衝撃が走る。蹴られた、と認識する頃には、背中から名も無き墓石へと突っ込んでいた。
 その身を包む『闇に棲むもの』の恩恵か、あれほどの衝撃であったというのに、へこみもしなければ傷もついていない。だが、衝撃だけはヴェガの肉体を通り抜けていったようで、内臓がひどく痛めつけられたことだけは確かだった。
 むせ返るように口内に鉄の味が広がる。
 墓石を背に倒れ込んだヴェガを『騎士王』は追撃することもなく、佇んでいる。
 そう、ただ、

「…汝は我の敵足るか?」

 斃すに値する者であるのか、値踏みするように。
 時はすでに黄昏が終わる頃合。これよりは先は真夜…『真夜の騎士王』の時間…

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シェイド・フェイド(第三話)

天聖暦1048年 緑薫の月 千年都市ガウディ

 黄昏時は、短い。
 その限られた時間の中でヒトは、橙とも紫とも言えぬ空に何を思うのだろうか。その光景にいやに感情を掻き毟られるような感覚を、ヒトは憶える。
 不安になるような、泣きたくなるような、ふと気を緩めれば『記憶』の底から何かが溢れてしまいそうになるような…そんな情感。
 それは『騎士王』も同じだったのだろうか。ヴェガに視線を落としていたが、彼の背を通り越してどこか遠い所を見つめるような…そんな視線を空に向けている。すでにヒトではない…それも、幽魔だとか、そういった類の域にいるものにとって、過去を思い起こさせる情景は、ある意味で耐え難いものなのかもしれない。
「何度、この光景を見ても心は慣れないものだ。そうは思わないか、小僧…」
 『血化粧の死神』と呼ばれるヴェガを小僧と呼ばわる『騎士王』は、終わり行く黄昏を眺めながら言った。
「ざけんなよ・・・・」
 自身を値踏みするかのような『騎士王』の視線にヴェガは激昂する。
 我が身に降りかかった墓石の欠片や、足元に崩れ落ちた墓石の塊を足でどけつつも立ち上がる。幽鬼を思わせるような、その立ち上がり方はそれだけで見る者に恐怖を与えただろうが、今対峙するのは『騎士王』。
 自身に何も恐れるものはないとでも言いたいのか、ヴェガが立ち上がるまでの間、何もせずに剣を片手で持ち佇んでいる。
「…黄昏が終わる…胸を締め付ける痛みとも別れが来ようというのに…私は、少し心残りに感じている」
 さあ、渾身の一撃を仕掛けるには早い方が良い、と続ける。
 ヴェガが圧倒的な武力を前にしても退かぬ、と。闘うという意思があるのならば、と。
「心が折れぬなら、刃が折れぬなら…汝、我の敵足り得るだろう…来い、小僧ッ!」
 今までとは違う、『騎士王』の身体から溢れ、剣の切っ先から溢れるような気迫をヴェガは感じながら、足元の感触を確かめる。
 手にした得物の重みはしっかりと感じられる。
 蹴られた頭部や腹部へのダメージは残っているものの、無視できる範囲のものだ。問題はない。後、やるべきことは必殺の一撃を『騎士王』に打ち込むのみ。
「・・・・・!!」
 ちょうどよく足元に転がっていた…否、立ち上がると同時に、そのように動かしていた岩塊を足甲で蹴り飛ばす。
 岩塊は狙い違わず、『騎士王』の眉間へと向っていく。だが、『騎士王』は動かない。動く必要がないと言うのか。
「自身を取り巻くあらゆる状況を利用し、圧倒的戦況の不利を覆そうとする意気は良し…だがッ!」
 『騎士王』が何事か小さく呟き、その手甲で岩塊を弾き飛ばす。
 しかし、その振り払った手は『騎士王』のガードを開かせる一手。そのことは『騎士王』は承知していただろう。だからこそ、あえて賞賛を送ったのだ。悪くはない、と。
 だが、その奇策を労されようとも、それを看破し、打破してこその『騎士王』。
「くたばれ・・・!!死神13【デスサーティン】」
 一拍の後に、ヴェガは彼我の距離を詰めんと、疾駆する。水平に構えた大鎌が怪しく輝く。
 ぐん、と自身の腕が軋む音をヴェガは聞いた。肩から腕が丸ごと引き抜かれそうになるような感覚を受けながらも自身の腕をギリギリの限界まで行使しての一撃。
 その一撃は自身の攻撃の中でも最速最高の一撃だったのだろう。
 事実、『騎士王』は回避する間もない。
 刹那の後に訪れるのは斬撃の衝撃のみ。
「私に『詠唱』の時間を与えたのは下策だったな…しかし、良い一撃だった」
 そう、確かにヴェガの一撃は最高の一撃だった。
 『騎士王』の鎧のカードを砕き、首を刈るはずだった。しかし、大鎌の刃は鎧を砕くに留まり、首筋の部分でどうにもこれ以上進まない。手に残る感触は、まるで鋼を撃ったかのような…
「我が鎧…『アカガネ』を砕いたのは見事…私が『鋼化』を唱えなければお前の勝ちだったな。だが、もう時間がない。残念だ。だが、認めよう。最早、私に『次』はないが…また、この時に訪れよ。違う『騎士王』がお前を試そう…」
 いつのまにか、大鎌の柄を取られていた。しまった、と呟くより早く手甲に包まれ、さらに『鋼化』によって、さらに硬度を増した拳がヴェガの頬に叩き込まれようとしていた。
 重い拳だ…そう思った瞬間、突然、頬に来るはずだった衝撃が軽くなり、掻き消えた。
 ヴェガが空を見上げれば、空は星々が燦然と輝き、黄昏は終わり、完全に夜が訪れていた。
 目の前には『騎士王』の姿もなく、ただ、壊れた墓石があり、静寂だけが墓地を包んでいた…

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