迷宮森殿(第一話)
風が草木香る季節が彼は好きだった。
胸を僅かにそらし、両の手は空を抱えようとして広げられた。そのまま大の字に寝転がって彼は、いつもの場所でいつものように考えていた。
大地が太陽を受けて帯びる熱も、雨上がりの土の匂いも、視界全部を埋める朝霧の乳白色も、どれも好きだ。けれど、独りは寂しいものだなって。
彼はそう思った。それは仕方のないことだと思った。
いつもの彼はどこか臆病で何か口にしなければならない時に限って、言葉は上手く出てこない。暫く口をパクパクさせて、やっぱり黙り込んでしまう。村の住人とも上手く話せない。
『ねぇ、君。そう、君。ねぇ、君はいつも此処にいるね。それも独りで』
そよ風のような、気まぐれな風の声。
それが自分に向けられた言葉であるとは思えずに、暫く黙り込んでいた。ややあって、彼は理解し、相手にちゃんと伝わるように頭の中で何回も反芻した言葉を口にした。
『探しているのかい?…私にはよくわからないことだけれど、"それ"は探さないと見つからないモノなのかな?』
今度はあまりよく理解できなかった。けれど、彼は"それ"がとても大切な…自分が欲して止まないものであると思えた。手の届かない範囲に"それ"があるのであれば、彼はやっぱり探さなければならないのだと思った。
『…"それ"の答えが見つかったら、また私に教えてよ。時には海を見ながら飛ぶし、時には焔の傍らに在る。私は旅人。名前はジルフェ』
彼はやはり正しく理解できなかったが、頷いた。
約束、と。
空が赤らむ頃、一人の男が商店街を歩いていた。彼の名前はホリィ。
赤茶色の髪は乱雑に後ろへと撫で付けられているが、彼の立ち振舞いを見れば、それが単に面倒だからそうしているのだとわかるほど、彼からは気だるげな雰囲気がかもし出されていた。
彼はそのまま、一軒の酒屋へと入っていく。
店員:「やあ、いらっしゃい」
ドアを開けると同時に、カラン、カラン、と呼び鈴の音が鳴り店員が出迎える。赤髪の若い男性だ。年の程はホリィより2つ、3つ下だろうか?まだ若い。
ホリィ:「やぁやぁ、ちょいと聞きたいんだけどね?・・こっから北西の村へ行くんだけどさ、酒でも手みやげにしようと思っててね。んでよかったらガウディの名産とかさ、あっちの方じゃ珍しいようなものを買いたいんだけど、そんなのある?大体銀貨一枚程度までだとありがたいんだけど。・・・いやまぁもし良い物があるんならさ、この際奮発して銀貨2枚半までなら出す、出すよ。・・・・あ、でも安いので良いのがあればそっちでね?」
(入店し、置かれた酒を眺めながら質問。金額の交渉は微妙に歯切れが悪い)
入っていった酒屋の品揃えは見事な物で、彼の両脇には多くの酒瓶が並び、自分の存在を主張するかのようにラベルや煌びやかな輝きを放つ瓶が彼の瞳を楽しませただろう。
店員:「そうだね…俺としてはワインをお薦めしたい所だろうけれど、北西って言えば…珍しい所で…ああ、芋ってわかるかな?その芋の中でもちょっと特殊な物を使った酒があるんだけど。珍しいって言えば、珍しいだろうね。香りが濃厚でね?少し、舌にヒリっと来る。お湯で割ったりするのがお薦めだよ。銀貨1枚で買えちゃうぜ」
そう言って、カウンターの下から一本の素焼きの瓶を取り出す。ラベルには素っ気無い文字で『バーン』と書かれている。
赤髪の店員はどう?とカウンターに両肘を乗せて、瓶を指差して笑っている。
ホリィ:「・・・む。まぁそんなもんか。ん、じゃあそれちょーだいな。ぁあ、別に小綺麗なのはいいからさ、丈夫に包装とかしてくれると助かるね。旅の最中に割れたら洒落にならんしねぇ・・・ああ、一応その酒について詳しいことが分かれば嬉しいねぇ。」
(代金を支払いながら要望を出し、更に質問する)
店員:「そうそう、そんなもんだよ。毎度ありー!はいはい、丈夫にね。っと…詳しいことね。さっき、俺が言った雑感が全部かな。後は飲んでみて貰うほかには詳しいことは、わからないよ。酒は飲むもんだからね」
(丁寧に素焼きの瓶を梱包していく)
ホリィ:「・・・っと、そうだ。良かったらここらで作られてる酒で人気があるのを教えてよ。今後の参考にすんし。また買いに来るって。」
(にやにや笑いながら聞き、聞き終わると礼を言って店を後にする)
店員:「そりゃ、勿論、俺の作っ…じゃなくて、ワインとかが人気あるかな。その道の人たちの中じゃアリアエス・ワインって言われてて人気あるんだぜ。『赤』シリーズとか。俺は『赤珊瑚』っていうのをお薦めするね…さすがに銀貨1枚じゃ買えなんだけどさ」
冗談の様に笑って梱包された酒瓶をホリィへと手渡す。
ホリィは、梱包されているとはいえ、素焼きの瓶を大事に抱えて酒屋を後にした。もうすでに日は落ち、星が夜空に輝き始めていた…
酒場の朝は以外に早い。
夜はあんなに遅くまで営業しているのに、朝には、その日の料理の仕込みをはじめなければならない。それは記憶亭の主である親父とて例外ではなく、早朝から料理の仕込みをすべく、厨房からは小刻み良いリズムが響いていた。
ナーク:「おっはよー。今から仕事に行ってくるねー。多分今月か来月の頭ぐらいにゃ戻ってくる予定だけど。それまでに、ハンターギルドとかの情報調べれたらお願いしまーす。」
(扉を開けて準備万端!といた感じの格好で、朝早くなのにも関係なく親父にそう伝えるとすぐにさっきあけた扉から外に出る)
二階にある寝室から降りてきたエルフが厨房にいる親父へと声をかける。彼女の顔は幼さが残ってはいるが、エルフ特有の整った顔立ちが、それを補って余るようだった。
厨房から手を拭いながら出てきた親父は、
親父:「わかりました。善処は致しましょう。では、道中お気をつけて…」
冒険者の酒場の親父らしからぬ言葉使いの親父は、軽く頭を下げて扉から出て行ったナークの背中を見送った。
天聖暦1048年 緑薫の月 ガウス商会
ナークが記憶亭を出たちょうど同じ頃、ホリィは今回の依頼主であるガウス商会を訪れていた。
ホリィ:「ああ、お早う御座います。・・・いや、良い天気ですねぇ。よい出発日和です。これなら良い仕事が出来そうだ。」
(ガウスを探し、にこやかに話しかける)
ガウス:「いや、まったくだ。この天気が向こうに着くまで持ってくれればよいのだが、よろしく頼むよ」
聞けば、すでに馬車や荷物の準備は済ませてあり、御者も待たせてあるのだと言う。手で促す様にして店の裏手にある搬入口に通じる扉を示して見せる。
ホリィ:「ああ、馬車を見させて貰っても宜しいですか?これからお世話になるわけですし、一応自分で色々見ておいた方が良いかなと思いまして。ああ、いやいや冒険者の習性のようなものですよ。お気になさらないでください。」
(馬車の状態や仕様、積み荷の状況等を確認する)
ガウスに案内されてホリィは馬車の置いてある搬入口へと案内される。
ガウス:「いや、その気持ちは十分理解できる。車輪なんかの消耗具合なんかは常に気を配って置かなければ道中で二進も三進もいかなくなるからな」
(苦い思い出があるのか、苦虫を潰したような表情をする)
ざっとホリィが馬車を見る限り一般的な2頭引きの荷馬車のようだ。よく手入れの施されているようで、馬の毛並みも良いように思えた。
積荷は木箱が整然と並べられている。それなりの量を積み込まれてはいるが、馬車の中には3人が寝ても十分なスペースが確保されている。6人で座って移動するには十分だろう。
このようなスペースを十分に活かす術は流石商会といった所だろうか。
一通り、馬車の状態を見ていたホリィだが、ようやく御者の存在に気がついたようである。少しあどけなさを残した青年で曲剣を帯剣している。
ホリィ:「と、貴方が御者の方でしょうか?・・初めまして、私はホレイショ=トレヴァー。今回のチームのリーダーをさせて頂いております。ホリィと呼んでくださいな?・・・まぁそのなんです、頑張っていきましょうや。」
(それらしき人物に話しかける。御者相手には幾分か砕けた口調で話し、最後にニィっと笑いかける)
青年:「はい、今回ボクが御者を務めさせて頂きます…レクスと呼んでください。ホリィさんですね、よろしくお願いします」
(礼儀正しい青年のようで、丁寧な言葉遣いだ。それでいて、しっかりと礼節を重んじるようで好感が持てる)
ガウス:「彼は若いが…こう見えて、もう4年はこの仕事についてもらっている。安心してもらって構わないだろう」
どうやらガウスのお墨付きのようだ。レクスと名乗った青年は照れたように頬を掻いて頭を下げている。
それからレクスによって荷馬車を商会入口へと移動させ、メンバーが来るのを待つ3人。
程なくして…
レン:(てこてこと遅れないように集合場所へ)
「おはようございます〜。レンって言います〜〜〜。ホリィさまのお仕事でお伺いしました〜。」
(にこぱぁっと人懐っこい笑みを浮かべてやってくるちみっこ。)
ホリィ:「ぁあ、来たようですね。おっと、その人はチームのメンバーですよ。・・彼女、ああ見えて呪歌の使い手なんですよ。・・・ちなみにおわかりだとは思いますが、グラスランナーでして、人間の子供ではないのでご安心下さい。少々子供っぽいのは種族的なものでしょう、なになに、仕事にはそう影響ありませんよ。」
(レンの姿が見えれば止められたりしないように説明をする。大丈夫、大丈夫と念を押して)
レン:(ホリィと話してる様子で依頼主の見当をつける。)
<あの方かな?>
(邪魔しないようにぺコンとお辞儀。馬車の方へ向かう。)
レクスからは、はぁ、となんとも言えない返事が帰ってきた。
レン:(馬車に積み込まれた荷物の状況を見て、邪魔にならない位置に自分の荷物を積み込みながら馬や御者さんにご挨拶。)
「お世話になります。レンって言います。宜しくお願い致しますね〜〜〜。お馬さんのお名前は何ですか〜?」
(ぅんしょ〜と背伸びして、馬を驚かせないようにゆっくり手を伸ばす。大丈夫そうならそのままナデナデ。)
レクス:「…はい、よろしくお願いします。はい、名前はレクスと申しまして…って、違っ。レクスはボクの名前で、馬の名前は『ココア』と『ナッツメッグ』です。ココアみたいなこげ茶色のと、ナツメグの種みたいな薄茶色が見分け方のコツです」
どうやら大分ヒトに慣れた馬のようでレンの伸ばされた手にも静かに従っている。
そうしている内に続々とメンバーがガウス商会前へと現れる。
カルロス:「やあ、良い朝だね。美しいお嬢さん方のそろい踏みを拝見しようと太陽まで雲をどけているよ」
(軽く手を挙げて笑顔で声をかける)
トーマ:「…おはようございます…。」
<若干早めですが…どなたか、いらっしゃいますでしょうか…?>
(寝ぼけた様子も無く、微かな笑みを湛えて気温を肌で感じながら、商会前
に到着し挨拶する)
商会前には今到着したのであろう、カルロスもいる。
その前には二頭仕立ての荷馬車とホリィ、レン、そしてガウスにレクスがいる。
トーマ:「…どうも。トーマと申しましてこの度は魔術師としてホリィに同行させて
頂きます。事件解決のお力になれましたら幸いです。」
(丁寧に会釈をして、商会のヒトに述べ)
ガウス:「期待しているよ。」
ルカ:「あ、いたいた。おはよー。」
(白い長剣を携え外套を羽織った姿で現れ、先に着いていた仲間に声を掛ける)
カルロス、トーマ、ルカが順次、到着し一気に賑やかになってきた。
最後にやってきのたはナークだ。
ナーク:「うは〜!ごめーん。記憶亭にちょっと寄ってたら遅れちゃったー。」
(と、謝りながらみんなの元にダッシュ)
こうしてメンバー全員が揃った。
簡単ながら、ホリィの紹介でガウスとレクスにメンバーの紹介が行なわれる。
ホリィ:「・・・さて、これで揃ったようですね。それでは簡単に紹介しておきましょうか。・・・彼がトーマ。一部ではエスメラルダの加護を受けるとも言われる魔導師です。永きを生きて得た知識は様々な局面に対応する事が出来るでしょう。」
トーマ:「…お世話になります。」
(御者や馬に声をかけてから、ヒトが集まる前に馬車の仕様や状態をチェック)
トーマ:「…改めましてよろしくお願い致します。それはそうと、その加護のお話し
伺った事無いのですけれども……。」
(笑みを向けて答えるが、聞いた事の無いくだりにはホリィへツッコミ)
ホリィ:「・・・そォ?本人が知らないところでまで、名前が一人歩きするほどになってたんですね。いやいや、流石です。」
とかなんとか、ボケとツッコミの応手が成されたとか成されなかったとか。
天聖暦1048年 緑薫の月 出発
メンバー各々の荷物が荷馬車へと積み込まれて、いよいよ出発の時となった。
レクスに手綱を握られ、二頭の馬は心なしか、精悍な顔つきになったようだ。
ルカ:「こっちにも挨拶を、と。よろしくねー」
(御者に挨拶し許可を取ってから、嬉しそうな様子で馬の首筋を毛並みに沿って優しく撫でている)
ルカ:「よし、キミたちのあだ名を考えてあげよう。うーん……。『ココ』と『ナッツ』!理由は何となくそれっぽいから」
(馬をびしっと指さし)
レン:<ココとナッツでココナッツ…>
(ルカの言葉に腹筋強化タイムは終わってしまった様子。ぷふっと小さく笑いが漏れた。)
レクス:「…それっぽいも何も…えっと…」
(黙っていた方がいいのかな?と首を傾げて、やっぱり黙っていることを選択したようだ)
『ココア』『ナッツメッグ』改め、『ココ』と『ナッツ』の二頭はルカの言葉にブルリ、首を嬉しそうに振るった。
カルロス:「さて、友よ。しばらくの間頑張って貰うよ・・・えーと、ココとナッツ?」
(馬の首筋を軽く叩いて名前?を呼ぶと、馬車に乗り込む)
レクスは、もういいです。と、少し拗ねたように呟いてから、全員乗り込みましたかー?とメンバーに問い掛ける。
全員が乗り込んだところでホリィが、
ホリィ:「さぁて、そんじゃあものども行くぞぉ!・・・あーゆーれでぃー?!」
(円陣というわけではないが、それっぽい雰囲気にしようと大きな声で元気よく)
レン:(ホリィのアーユーレディー?にノリノリで反応)
「ぃえ〜〜〜〜♪」
(ジャカジャン♪とリュートをかき鳴らしたい所だが馬が驚くので自重。)
トーマ:「……おー?」
(眉を寄せて小さく笑いつつ疑問系で掛け声に反応)
ルカ:「いぇーー!!」
(握った拳を天に突き出してけらけらと笑う)
ナーク:「よーし!じゃ、これから一緒にガンバロー!」
(と一人元気にガッツポーズ!!)
カルロス:「オーケ・・・ってバラバラだねみんな。この仕事が片づく頃には息がピッタリになってると良いねぇ」
(声を上げようとして息のあわなさに苦笑する)
ホリィ:「・・・・・・まぁ分かってはいたけどさ。・・いや、あんがとね。」
(バラバラの反応に肩を竦ませ溜息を漏らし、元気よく返事をしてくれた3人に薄く笑いかける)
これには、レクスもどう反応して良いのかわからなかったのか、少し引いた表情をしていた。
天聖暦1048年 緑薫の月 荒野
通用門を出ると、一気に景色が変わる。
晴天の空は青く、どこまでも続いているように思える。それに地平の彼方には緑豊かなライミ山脈、それに森が点在している。
ナーク:「ん〜・・・。これが今回の馬車かー・・・。ほぉ〜・・・。へぇ〜・・・。最近、獣が凶暴化しているみたいだし。私移動中結構気を張り詰めてるかもしれないけどちょっと我慢してねー。」
(馬車を見渡してその作りや窓の位置などを確認。その後、仲間の方を向いてお願い・・・と皆にウインクして予め危険察知による索敵をする事を伝える)
全員の了承を得、ナークが索敵を開始する。目視、風の動き、匂い…探索者としての技能を有する彼女の本領発揮という所だろう。
杞憂で終われば、それで良い。それを願いつつ、ナークは馬車の上から流れていく風景を眺めていた。
そして、レンが先に御者台へと上る前にすでにカルロスが先客として座っていた。
カルロス:「ん〜、良い陽気だねえ。・・・ところで君は件の霧とやら見たことがあるのかい?」
(御者台の隣に座り、旨そうに煙草を吸いながら御者相手に世間話をする)
レクス:「いえ、ボクは見たことがないんです。その頃は別の商会で働いてましたので…父がガウスさんとお知り合いでして…まあ、人生経験というか…そんな所ですね」
(正直なところ、あんまり見たいとは思いませんけどね、と前置きをして)
カルロス:「ふむ、お楽しみは現場までとっておくかね・・・。なあに、心配はいらないよ。俺はともかく、この馬車には腕利きばかりが乗っているんだからね。そうそう、腕利きといえば・・・」
(特に気に多風もなく、世間話を続ける)
レクス:「ええ、期待しています。ガウスさんはああ見えて、結構今回の件は期待しているんですよ」
暖かな陽気に包まれたまま、何事もなく一日目の行程を終えた。