メイン

迷宮森殿

迷宮森殿(第一話)

??? 緑薫の月 ある場所で 

 風が草木香る季節が彼は好きだった。
 胸を僅かにそらし、両の手は空を抱えようとして広げられた。そのまま大の字に寝転がって彼は、いつもの場所でいつものように考えていた。
 大地が太陽を受けて帯びる熱も、雨上がりの土の匂いも、視界全部を埋める朝霧の乳白色も、どれも好きだ。けれど、独りは寂しいものだなって。
 彼はそう思った。それは仕方のないことだと思った。
 いつもの彼はどこか臆病で何か口にしなければならない時に限って、言葉は上手く出てこない。暫く口をパクパクさせて、やっぱり黙り込んでしまう。村の住人とも上手く話せない。
『ねぇ、君。そう、君。ねぇ、君はいつも此処にいるね。それも独りで』
 そよ風のような、気まぐれな風の声。
 それが自分に向けられた言葉であるとは思えずに、暫く黙り込んでいた。ややあって、彼は理解し、相手にちゃんと伝わるように頭の中で何回も反芻した言葉を口にした。
『探しているのかい?…私にはよくわからないことだけれど、"それ"は探さないと見つからないモノなのかな?』
 今度はあまりよく理解できなかった。けれど、彼は"それ"がとても大切な…自分が欲して止まないものであると思えた。手の届かない範囲に"それ"があるのであれば、彼はやっぱり探さなければならないのだと思った。
『…"それ"の答えが見つかったら、また私に教えてよ。時には海を見ながら飛ぶし、時には焔の傍らに在る。私は旅人。名前はジルフェ』
 彼はやはり正しく理解できなかったが、頷いた。
 約束、と。

天聖暦1048年 緑薫の月 商店街のある酒屋

 空が赤らむ頃、一人の男が商店街を歩いていた。彼の名前はホリィ。
 赤茶色の髪は乱雑に後ろへと撫で付けられているが、彼の立ち振舞いを見れば、それが単に面倒だからそうしているのだとわかるほど、彼からは気だるげな雰囲気がかもし出されていた。
 彼はそのまま、一軒の酒屋へと入っていく。

店員:「やあ、いらっしゃい」
 
ドアを開けると同時に、カラン、カラン、と呼び鈴の音が鳴り店員が出迎える。赤髪の若い男性だ。年の程はホリィより2つ、3つ下だろうか?まだ若い。

ホリィ:「やぁやぁ、ちょいと聞きたいんだけどね?・・こっから北西の村へ行くんだけどさ、酒でも手みやげにしようと思っててね。んでよかったらガウディの名産とかさ、あっちの方じゃ珍しいようなものを買いたいんだけど、そんなのある?大体銀貨一枚程度までだとありがたいんだけど。・・・いやまぁもし良い物があるんならさ、この際奮発して銀貨2枚半までなら出す、出すよ。・・・・あ、でも安いので良いのがあればそっちでね?」
(入店し、置かれた酒を眺めながら質問。金額の交渉は微妙に歯切れが悪い)

 入っていった酒屋の品揃えは見事な物で、彼の両脇には多くの酒瓶が並び、自分の存在を主張するかのようにラベルや煌びやかな輝きを放つ瓶が彼の瞳を楽しませただろう。
 
店員:「そうだね…俺としてはワインをお薦めしたい所だろうけれど、北西って言えば…珍しい所で…ああ、芋ってわかるかな?その芋の中でもちょっと特殊な物を使った酒があるんだけど。珍しいって言えば、珍しいだろうね。香りが濃厚でね?少し、舌にヒリっと来る。お湯で割ったりするのがお薦めだよ。銀貨1枚で買えちゃうぜ」

 そう言って、カウンターの下から一本の素焼きの瓶を取り出す。ラベルには素っ気無い文字で『バーン』と書かれている。
 赤髪の店員はどう?とカウンターに両肘を乗せて、瓶を指差して笑っている。

ホリィ:「・・・む。まぁそんなもんか。ん、じゃあそれちょーだいな。ぁあ、別に小綺麗なのはいいからさ、丈夫に包装とかしてくれると助かるね。旅の最中に割れたら洒落にならんしねぇ・・・ああ、一応その酒について詳しいことが分かれば嬉しいねぇ。」
(代金を支払いながら要望を出し、更に質問する)

店員:「そうそう、そんなもんだよ。毎度ありー!はいはい、丈夫にね。っと…詳しいことね。さっき、俺が言った雑感が全部かな。後は飲んでみて貰うほかには詳しいことは、わからないよ。酒は飲むもんだからね」
(丁寧に素焼きの瓶を梱包していく)

ホリィ:「・・・っと、そうだ。良かったらここらで作られてる酒で人気があるのを教えてよ。今後の参考にすんし。また買いに来るって。」
(にやにや笑いながら聞き、聞き終わると礼を言って店を後にする)

店員:「そりゃ、勿論、俺の作っ…じゃなくて、ワインとかが人気あるかな。その道の人たちの中じゃアリアエス・ワインって言われてて人気あるんだぜ。『赤』シリーズとか。俺は『赤珊瑚』っていうのをお薦めするね…さすがに銀貨1枚じゃ買えなんだけどさ」

 冗談の様に笑って梱包された酒瓶をホリィへと手渡す。
 ホリィは、梱包されているとはいえ、素焼きの瓶を大事に抱えて酒屋を後にした。もうすでに日は落ち、星が夜空に輝き始めていた…

天聖暦1048年 緑薫の月 記憶亭前にて

 
 酒場の朝は以外に早い。
 夜はあんなに遅くまで営業しているのに、朝には、その日の料理の仕込みをはじめなければならない。それは記憶亭の主である親父とて例外ではなく、早朝から料理の仕込みをすべく、厨房からは小刻み良いリズムが響いていた。

ナーク:「おっはよー。今から仕事に行ってくるねー。多分今月か来月の頭ぐらいにゃ戻ってくる予定だけど。それまでに、ハンターギルドとかの情報調べれたらお願いしまーす。」
(扉を開けて準備万端!といた感じの格好で、朝早くなのにも関係なく親父にそう伝えるとすぐにさっきあけた扉から外に出る)

 二階にある寝室から降りてきたエルフが厨房にいる親父へと声をかける。彼女の顔は幼さが残ってはいるが、エルフ特有の整った顔立ちが、それを補って余るようだった。
 厨房から手を拭いながら出てきた親父は、

親父:「わかりました。善処は致しましょう。では、道中お気をつけて…」

 冒険者の酒場の親父らしからぬ言葉使いの親父は、軽く頭を下げて扉から出て行ったナークの背中を見送った。


天聖暦1048年 緑薫の月 ガウス商会


 ナークが記憶亭を出たちょうど同じ頃、ホリィは今回の依頼主であるガウス商会を訪れていた。

ホリィ:「ああ、お早う御座います。・・・いや、良い天気ですねぇ。よい出発日和です。これなら良い仕事が出来そうだ。」
(ガウスを探し、にこやかに話しかける)

ガウス:「いや、まったくだ。この天気が向こうに着くまで持ってくれればよいのだが、よろしく頼むよ」

 聞けば、すでに馬車や荷物の準備は済ませてあり、御者も待たせてあるのだと言う。手で促す様にして店の裏手にある搬入口に通じる扉を示して見せる。

ホリィ:「ああ、馬車を見させて貰っても宜しいですか?これからお世話になるわけですし、一応自分で色々見ておいた方が良いかなと思いまして。ああ、いやいや冒険者の習性のようなものですよ。お気になさらないでください。」
(馬車の状態や仕様、積み荷の状況等を確認する)

 ガウスに案内されてホリィは馬車の置いてある搬入口へと案内される。
 
ガウス:「いや、その気持ちは十分理解できる。車輪なんかの消耗具合なんかは常に気を配って置かなければ道中で二進も三進もいかなくなるからな」
(苦い思い出があるのか、苦虫を潰したような表情をする)

 ざっとホリィが馬車を見る限り一般的な2頭引きの荷馬車のようだ。よく手入れの施されているようで、馬の毛並みも良いように思えた。
 積荷は木箱が整然と並べられている。それなりの量を積み込まれてはいるが、馬車の中には3人が寝ても十分なスペースが確保されている。6人で座って移動するには十分だろう。
 このようなスペースを十分に活かす術は流石商会といった所だろうか。

 一通り、馬車の状態を見ていたホリィだが、ようやく御者の存在に気がついたようである。少しあどけなさを残した青年で曲剣を帯剣している。

ホリィ:「と、貴方が御者の方でしょうか?・・初めまして、私はホレイショ=トレヴァー。今回のチームのリーダーをさせて頂いております。ホリィと呼んでくださいな?・・・まぁそのなんです、頑張っていきましょうや。」
(それらしき人物に話しかける。御者相手には幾分か砕けた口調で話し、最後にニィっと笑いかける)

青年:「はい、今回ボクが御者を務めさせて頂きます…レクスと呼んでください。ホリィさんですね、よろしくお願いします」
(礼儀正しい青年のようで、丁寧な言葉遣いだ。それでいて、しっかりと礼節を重んじるようで好感が持てる)

ガウス:「彼は若いが…こう見えて、もう4年はこの仕事についてもらっている。安心してもらって構わないだろう」

 どうやらガウスのお墨付きのようだ。レクスと名乗った青年は照れたように頬を掻いて頭を下げている。
 それからレクスによって荷馬車を商会入口へと移動させ、メンバーが来るのを待つ3人。
 程なくして…

レン:(てこてこと遅れないように集合場所へ)
    「おはようございます〜。レンって言います〜〜〜。ホリィさまのお仕事でお伺いしました〜。」
    (にこぱぁっと人懐っこい笑みを浮かべてやってくるちみっこ。)

ホリィ:「ぁあ、来たようですね。おっと、その人はチームのメンバーですよ。・・彼女、ああ見えて呪歌の使い手なんですよ。・・・ちなみにおわかりだとは思いますが、グラスランナーでして、人間の子供ではないのでご安心下さい。少々子供っぽいのは種族的なものでしょう、なになに、仕事にはそう影響ありませんよ。」
(レンの姿が見えれば止められたりしないように説明をする。大丈夫、大丈夫と念を押して)

レン:(ホリィと話してる様子で依頼主の見当をつける。)
     <あの方かな?>
    (邪魔しないようにぺコンとお辞儀。馬車の方へ向かう。)

 レクスからは、はぁ、となんとも言えない返事が帰ってきた。

レン:(馬車に積み込まれた荷物の状況を見て、邪魔にならない位置に自分の荷物を積み込みながら馬や御者さんにご挨拶。)
    「お世話になります。レンって言います。宜しくお願い致しますね〜〜〜。お馬さんのお名前は何ですか〜?」
    (ぅんしょ〜と背伸びして、馬を驚かせないようにゆっくり手を伸ばす。大丈夫そうならそのままナデナデ。)

レクス:「…はい、よろしくお願いします。はい、名前はレクスと申しまして…って、違っ。レクスはボクの名前で、馬の名前は『ココア』と『ナッツメッグ』です。ココアみたいなこげ茶色のと、ナツメグの種みたいな薄茶色が見分け方のコツです」

 どうやら大分ヒトに慣れた馬のようでレンの伸ばされた手にも静かに従っている。
 そうしている内に続々とメンバーがガウス商会前へと現れる。

カルロス:「やあ、良い朝だね。美しいお嬢さん方のそろい踏みを拝見しようと太陽まで雲をどけているよ」
(軽く手を挙げて笑顔で声をかける)

トーマ:「…おはようございます…。」
<若干早めですが…どなたか、いらっしゃいますでしょうか…?>

    (寝ぼけた様子も無く、微かな笑みを湛えて気温を肌で感じながら、商会前
に到着し挨拶する)

 商会前には今到着したのであろう、カルロスもいる。
 その前には二頭仕立ての荷馬車とホリィ、レン、そしてガウスにレクスがいる。

トーマ:「…どうも。トーマと申しましてこの度は魔術師としてホリィに同行させて
頂きます。事件解決のお力になれましたら幸いです。」

    (丁寧に会釈をして、商会のヒトに述べ)

ガウス:「期待しているよ。」

ルカ:「あ、いたいた。おはよー。」
(白い長剣を携え外套を羽織った姿で現れ、先に着いていた仲間に声を掛ける)

 カルロス、トーマ、ルカが順次、到着し一気に賑やかになってきた。
 最後にやってきのたはナークだ。

ナーク:「うは〜!ごめーん。記憶亭にちょっと寄ってたら遅れちゃったー。」
(と、謝りながらみんなの元にダッシュ)

 こうしてメンバー全員が揃った。
 簡単ながら、ホリィの紹介でガウスとレクスにメンバーの紹介が行なわれる。

ホリィ:「・・・さて、これで揃ったようですね。それでは簡単に紹介しておきましょうか。・・・彼がトーマ。一部ではエスメラルダの加護を受けるとも言われる魔導師です。永きを生きて得た知識は様々な局面に対応する事が出来るでしょう。」

トーマ:「…お世話になります。」
    (御者や馬に声をかけてから、ヒトが集まる前に馬車の仕様や状態をチェック)

トーマ:「…改めましてよろしくお願い致します。それはそうと、その加護のお話し
伺った事無いのですけれども……。」

    (笑みを向けて答えるが、聞いた事の無いくだりにはホリィへツッコミ)

ホリィ:「・・・そォ?本人が知らないところでまで、名前が一人歩きするほどになってたんですね。いやいや、流石です。」

 とかなんとか、ボケとツッコミの応手が成されたとか成されなかったとか。


天聖暦1048年 緑薫の月 出発

 メンバー各々の荷物が荷馬車へと積み込まれて、いよいよ出発の時となった。
 レクスに手綱を握られ、二頭の馬は心なしか、精悍な顔つきになったようだ。

ルカ:「こっちにも挨拶を、と。よろしくねー」
(御者に挨拶し許可を取ってから、嬉しそうな様子で馬の首筋を毛並みに沿って優しく撫でている)

ルカ:「よし、キミたちのあだ名を考えてあげよう。うーん……。『ココ』と『ナッツ』!理由は何となくそれっぽいから」
(馬をびしっと指さし)

レン:<ココとナッツでココナッツ…>
    (ルカの言葉に腹筋強化タイムは終わってしまった様子。ぷふっと小さく笑いが漏れた。)

レクス:「…それっぽいも何も…えっと…」
(黙っていた方がいいのかな?と首を傾げて、やっぱり黙っていることを選択したようだ)

 『ココア』『ナッツメッグ』改め、『ココ』と『ナッツ』の二頭はルカの言葉にブルリ、首を嬉しそうに振るった。

カルロス:「さて、友よ。しばらくの間頑張って貰うよ・・・えーと、ココとナッツ?」
(馬の首筋を軽く叩いて名前?を呼ぶと、馬車に乗り込む)

 レクスは、もういいです。と、少し拗ねたように呟いてから、全員乗り込みましたかー?とメンバーに問い掛ける。
 全員が乗り込んだところでホリィが、

ホリィ:「さぁて、そんじゃあものども行くぞぉ!・・・あーゆーれでぃー?!」
(円陣というわけではないが、それっぽい雰囲気にしようと大きな声で元気よく)

レン:(ホリィのアーユーレディー?にノリノリで反応)
    「ぃえ〜〜〜〜♪」
    (ジャカジャン♪とリュートをかき鳴らしたい所だが馬が驚くので自重。)

トーマ:「……おー?」
    (眉を寄せて小さく笑いつつ疑問系で掛け声に反応)

ルカ:「いぇーー!!」
(握った拳を天に突き出してけらけらと笑う)

ナーク:「よーし!じゃ、これから一緒にガンバロー!」
(と一人元気にガッツポーズ!!)

カルロス:「オーケ・・・ってバラバラだねみんな。この仕事が片づく頃には息がピッタリになってると良いねぇ」
(声を上げようとして息のあわなさに苦笑する)

ホリィ:「・・・・・・まぁ分かってはいたけどさ。・・いや、あんがとね。」
(バラバラの反応に肩を竦ませ溜息を漏らし、元気よく返事をしてくれた3人に薄く笑いかける)

 これには、レクスもどう反応して良いのかわからなかったのか、少し引いた表情をしていた。


天聖暦1048年 緑薫の月 荒野

 通用門を出ると、一気に景色が変わる。
 晴天の空は青く、どこまでも続いているように思える。それに地平の彼方には緑豊かなライミ山脈、それに森が点在している。

ナーク:「ん〜・・・。これが今回の馬車かー・・・。ほぉ〜・・・。へぇ〜・・・。最近、獣が凶暴化しているみたいだし。私移動中結構気を張り詰めてるかもしれないけどちょっと我慢してねー。」
(馬車を見渡してその作りや窓の位置などを確認。その後、仲間の方を向いてお願い・・・と皆にウインクして予め危険察知による索敵をする事を伝える)

 全員の了承を得、ナークが索敵を開始する。目視、風の動き、匂い…探索者としての技能を有する彼女の本領発揮という所だろう。
 杞憂で終われば、それで良い。それを願いつつ、ナークは馬車の上から流れていく風景を眺めていた。

 そして、レンが先に御者台へと上る前にすでにカルロスが先客として座っていた。

カルロス:「ん〜、良い陽気だねえ。・・・ところで君は件の霧とやら見たことがあるのかい?」
(御者台の隣に座り、旨そうに煙草を吸いながら御者相手に世間話をする)

レクス:「いえ、ボクは見たことがないんです。その頃は別の商会で働いてましたので…父がガウスさんとお知り合いでして…まあ、人生経験というか…そんな所ですね」
(正直なところ、あんまり見たいとは思いませんけどね、と前置きをして)

カルロス:「ふむ、お楽しみは現場までとっておくかね・・・。なあに、心配はいらないよ。俺はともかく、この馬車には腕利きばかりが乗っているんだからね。そうそう、腕利きといえば・・・」
(特に気に多風もなく、世間話を続ける)

レクス:「ええ、期待しています。ガウスさんはああ見えて、結構今回の件は期待しているんですよ」

 暖かな陽気に包まれたまま、何事もなく一日目の行程を終えた。

続きを読む "迷宮森殿(第一話)" »

迷宮森殿(第二話)

天聖暦1048年 緑薫の月 ある森中 

  そこは永遠に続く回廊のような森だった。
 一体、何がこの場所をそうさせているのか。騙し絵のように同じ風景が、もうずっと長く続いている。歩いても、歩いても、終わらぬ森の道。
「…此処は…」
 今、道を行く者もまた、迷宮のような森へと迷い込んでいた。ぽつり、と呟く声は男性とも女性とも取れる中性的な声色だった。
 艶やかな黒髪は腰元まで長く伸びている。青空を映し込んだかのような青い瞳は、不安というよりも、どこか懐かしさを感じているようだった。
 もう幾分も森の中を彷徨っているというのに、褐色の肌の上には汗一つ浮かんでいない。
「なるほど…まるで神殿の中を永遠に彷徨っているようだ。この魔力は…」
 何事か呟きを漏らし、得心したように頷いた。さて、どうしたものか、と視線を宙に彷徨わせ、そして、ある一点で留める。
 そこに何があるかは、常人では窺い知ることなどできなかっただろう。魔力ある瞳を持つ者か、または精霊の理を御する者か…あるいは、人外の者であれば、その者の視線の先にあるモノが何者であるかわかっただろう。
「…この気配は『鉤燈台(しゃんでりあ)』…本来ならば、はじめましてだが、生憎、私は貴方をよく知っている」
「―――――――――――――」
 宙から突然声が発せられる。しかし、それは共通語ではない。今はもう喪われた言葉。
「この残滓…そうかい…やはり、『鉄鎖』は…」
「―――――――――――――」
「貴女方が何を見出したのかは、知らない…故に、私は何も言うまい。私『たち』もまた、ヒトに見出した。私たちは私たちの行く末を辿るとしよう」
「―――――――――――――」
 あまりにも短い邂逅。それを最後に声の気配が遠ざかってゆく。
「―――――――――――――」
「違うね。確かにそんな名で呼ばれたこともあったさ。けれど、今は違う…私の名前は―――――――――――――」
 かぶりを振り、艶やかな黒髪がかすかに揺れた。
 名前など意味はないのに、と常々思っていた過去の自分を恥じるように。
 最後にその者はゆっくりと、唇を動かした。

天聖暦1048年 緑薫の月 荒野

  空は青く澄み渡っていて、風は暖かい。崩れがちな春の天気も道中では突然崩れたりするようなことはなく、順調に二日目の行程を進んでいた。
 時折、強い風が吹いたりしたが、馬車は軽く揺れるだけで横倒しになるようなことはなかった。ただ、荒野ということもあって、ゴツゴツとした道なき道を走る馬車の乗り心地は最悪であった。 
 途中で御者の練習を頼んだレンだが、練習をするには適していない場所が続く上に馬の暴走を起こしてしまう可能性があるということから、ホリィとレンの要望は却下された。
 確かに考えられる可能性ではあったが、馬車のことは自分に任せて欲しいとレクスは言っていた。

ナーク:「ん〜・・・。と、私が御者台に登って周囲を策敵するねー。なんかあったらすぐに言うから〜。・・・と、よろしくねー。なるべく邪魔にならないようにするから」
(言うとレクスの隣に座って周囲を策敵する)

 御者台にはレクスとナークの二人が乗り、他の面々は馬車の中で同じように周囲に気を配っている。外には時々、草木の茂っている場所もあるが、到底大勢の人数が隠れられそうな場所は無い。

トーマ:「……。」 <…昨日は平和でしたが…さて今日は…。>
    (ナークが索敵している間、過ぎ行く景色を馬車内部から眺めてる)

カルロス:「ここまで開けた場所で襲ってくる強盗はいないだろうが・・・」
(あぐらをかいて荷箱に背中をもたせかけた格好で馬車周辺を見回す)

 最近では、盗賊の類よりも獣の方が多いのだとレクスは愚痴交じりに言う。獣の方は問答無用で食べること優先ですから…と自身も、個々最近、狼に襲われたことがあると告げる。
 おかしなことは今まで群れで行動していた狼などが、一頭だけでも襲ってくることがあるということだ。今まで見せていた狼の理知的な部分は損なわれ、凶暴性だけが増したようなのだと言う。

ルカ:「レクスさんレクスさんー、ルカだけど、今ちょっとお話いいかな?」
(御者台にいるレクスに聞こえるように身を乗り出して)

レクス:「はい、はい?ええ、構いませんよ」
(手綱を握る手は離さずに返事だけを返す)

ルカ:「そういえば剣を使えるって聞いたけど、普段、乗ってる馬車が襲われた時にはレクスさんも戦ったりしてるの?」


 レクスは、苦笑して腰元に下げた剣を見る。

レクス:「それは確かに使えることは使えますけれど…皆さんたちからすれば、本当に手習い程度です。前は商会の私兵の人達が護衛に付いてくれていたので、殆どボクの出番はなかったですが…まあ、こいつらを落ち着かせることだけに専念してましたね。それこそ、いざというときは直ぐに逃げられるように」

(少しだけバツの悪そうな横顔を見せて、二頭の馬を顎で示す)
 そして、戦闘には極力参加できない、ということを告げる。仮にもし、襲撃されるなどの事態になったら、馬を落ち着かせることができるのは、自分の仕事なのだそうだ。
 暫く道無き道を行くと川沿いへと馬車の進路を変える。どうやら、この川沿いの先に茂った林があり、川から水などの補給も行なうのだと言う。林の中には食べられる植物などもあるそうで、探してみるのも良いかもしれないと、レクスは言う。
 また、川の近くでは小さな魚ながら、身のしまった美味い魚が釣れることがあるのだという。釣具は馬車の中に入っているのでよかったら使ってくれとも言われた。

天聖暦1048年 緑薫の月 水辺

 
  補給場所に選んだ場所は、小さな川縁だった。
 見晴らしの良い場所ではあるが、背に木々を追っている以上何が出てくるとも限らない。皆が思い思いに準備を進める前にナークが周辺の探索を始める。

ナーク:「ん〜・・・・・・。でたばっかでこられても・・ねぇ。いやいや、そんなに甘い世界じゃないか・・・。」
(とか言いつつも策敵は怠らないように)

 特に異常が見られるわけではない。ただ、少し風が強いように感じる。この状況で風下に位置していたら、弓の威力などは大幅に軽減されることだろう。

ナーク:「・・・。いや〜。ひとまず安心そう。よかったよかった。」
(といいつつも油断しないように注意を向けたまま)

レン:「ナークさま、ナークさま〜。春って何か採れるですか〜?」
    (ライミ山での茸狩りを思い出し、春先に採れそうなモノをナークに訪ねた。謳の習得に掛かりっきりだったのでちょっとした準備が足りずに反省。)
    <ギルドでまたご本借りてくれば良かったですぅ〜〜〜。>

ナーク:「んじゃ、ちょっくら周囲を探させてもらうね〜。お土産期待してね。ん?そうだねー。山菜とかってわけじゃないけど、色々と食べれたりするのはひょこひょこ出てくるよー。灰汁抜きしないと食べれないのが多いのが難点だけどねー。」
(と、レンに野外知識の中にある食用可能な野草や薬草類を教えて、自身も水辺周辺を探し始める)

カルロス:「いやぁ、流石に腰の筋が固まってしょうがないねぇ・・・君たちもお疲れ様」
(腰の骨をボキボキ鳴らしつつ、ココナッツの首筋を撫でてやる)

 皆に告げると、早速トーマが野草の採取に足を伸ばす。

トーマ:「…野の物を探しましょうか…。」
    (一団と離れすぎない距離で、薬草や食に適した野草の採取)

 さすがに魔法学院などで見られるような霊薬の類に利用できそうな物は見当たらなかったが、レクスから教えられていた食べられるという野草を幾束か見つけることができた。

カルロス:「どおれ、シーポートの魚釣り胸毛紳士、略して魚紳さんと呼ばれた俺の腕を見せるときが来たようだね?」
(よく分からないことを自慢げに言いながら、堂に入ったキャスティングをする)

ルカ:「あ、あたしも手伝うよー。 ……て、どっかの魚屋さんにしか聞こえないんだけど。」
(針の先に餌をつけ、カルロスの隣で釣り糸を垂らす)

 川の水は綺麗なもので、釣糸をたらして眺めていても魚の影を見つけることができる。
 暫くはのんびりと待つしかないが、道中の馬車の中で乗り心地の悪さを考えれば、十分に気分転換になっただろう。
 釣果はあまり芳しくなかったが、二人で5匹分の魚を釣り上げた。たまには魚紳さんにもこんな日があるのだ。だが、問題はレクスまで入れて、このパーティが7人だということだ…

 レクスが馬の世話をしている間ホリィは軽い昼食の準備をし、火を起こす。


ナーク:「あ、レクスさん〜。その例の森に一番近い村って、どんな感じなのー?」
(御者台にいるレクスに話しかける)

レクス:「そうですね、良くも悪くも辺境の村といった所です。それなりに道具屋なんかもありますが…あの爺さんがくたばってなかれば、という話です。あまり悪い印象は受けませんね。もう少し北に行ったら、草原もあって、薬草か何かに使える野草が群生してたりするって話も聞いたことがあります」


ナーク:「ふーん。そうなんだ・・・。ルートが直通になれば楽なんだよねー。大変だ。」
(といって腕を組み)

レクス:「本当ですよ。皆さんにはがんばって解決して頂かないと、またあの面倒な迂回ルートを使わなければなりません」
(本当に面倒臭そうに溜息をつく)

 近くでは、釣果を持って帰ってきたルカとカルロス、そしてホリィによって準備が進められている。

ルカ:「美味しいご飯が食べたいなぁ。ま、今は我慢我慢、と。」
(たき火の前で膝を抱えて、こじんまりと三角座り。枝に突き刺した干し肉を火にかざして炙っている)

ホリィ:「そだねェ。・・・ぁ、手料理の約束ちゃーんと覚えてっから?宜しくねェ?・・・・おっと、軽口はいけねぇな。俺は干し肉を串に刺す作業に戻るとするか。・・・・・・・・・・・・・でさぁ?」
(手持ちぶさたなのか隣で同じくこじんまりと三角座りをして黙々と皆の分の干し肉を串に刺す作業・・・とはいかず十数秒後には話しかけていたり)

 えらくのんびりとしたものだが、これも旅の楽しみの一環といえば確かにそうであったかもしれない。 食事の準備が整うと短いながら談笑の輪が広がる。

トーマ:「…レン? 何か…恵みに対する一曲を頂いても?」
(思うところがあったのか、ふとレンに抽象的なお願いを食事中にしてみる)

レン:「恵み…ですか〜?」
    <木の実〜とかだと秋っぽいですしねぇ…。>
    (目を瞑り、んー?と小首をかしげて歌の題材を探す。)

レン:『♪大地に彩りの蘇る春。花冷えの風の寒さよ。
     日毎に森は息吹を吹き返し、花々は競い咲き乱れる。

     空は霞がかる蒼、消え行く冬空の明瞭。
     一時も留まることなく、世界は移ろうから。

     雨上がり甘い土の香。足裏を押し返す 草叢、感触の柔らかさよ。
     遠く啼く鳥の声、せせらぎに魚達は跳ねる。
     
     陽をあびて風を受け、地を歩き水辺に憩おう。
     何処までも続く道、広がりゆく世界。…果てなどないのだから。

     今を生きよ。今を生きよ。
     胸を張り、その生命(イノチ)の限りに。

     今を生きよ。今を生きよ。
     生命(イノチ)ある不思議、その恵みに感謝して。』

    (生きているという事は不思議な事だ〜、生まれてこれて嬉しいな〜と歌にした。)

トーマ:「…生命の喜び…を奏でましたか。ありがとうございました。」
<街に戻ってからでも…お礼をしなければいけませんね>
(耳を傾けていた状態から居を正し、小さく笑んで頭を下げる)

 レンの歌声が空に響き終わり、皆からの拍手が起こる。
 楽しげな雰囲気のまま、食事が終わろうとしたその時…

天聖暦1048年 緑薫の月 水辺、対岸の先に 

 一番最初に気が付いたのは一体誰だったのだろうか。
 自分たちが火をおこしていた場所と川の挟んだ対岸に一頭の獅子がこちらを見つめ、立っていた。
 銀色とも灰色とも取れる優雅な鬣。そして、太陽を受けて輝く金色の瞳が、その場に居た全員を一人ずつ順に射すくめていく。
 しなやかな四肢を支える体には何か紋様のような黒い体毛があり、その尾の先には僅かに蝋燭の灯火の様に揺らめく炎。
 あきらかに通常の四肢とは異なっていただろう。それ以上に異なるのは、渡ろうとすれば一息に跳躍して渡れるであろう川から、こちらへと襲ってこないことだろう。
 それに加えて、吼えることもなく、じっとレンを見つめていたかと思うと静かに首を動かして見せた。
 それが全員の目に一体どのように映ったかはわからない。けれど、あえて言うなら、


レクス:「…お辞儀?」
(引き攣った顔のまま、訝しげな声を出す)

 そう、まさにお辞儀をしたような格好だった。
 思い至るまでの僅かな間に、まるで陽炎のように不自然に獅子の体はゆがみ、瞬きをした次の瞬間には忽然と獅子の姿は対岸から消え失せていた。


レクス:「い、一体なんだったんでしょうか…」

 それはこの場にいる誰もが考えたことだったのではないだろうか?
 けれど、考えても答えはでない。追うことも許されず、時は過ぎ、行程の先を急ぐことにした。
 それからは特に何かに遭遇することもなく、比較的無事に行程を進めることができた。

天聖暦1048年 緑薫の月 迷宮森殿と呼ばれる場所の目前

 
 三日目。昼前には件の場所へと辿りつく。
 特に何かあるわけでもない。ただ、荒野が広がるのみ。
 数日前から風が強かったが、ここでもやはり風が強い。天気は悪くないのだが、少し雲がある程度だろう。


カルロス:「ここが例の現場周辺、か。牛君が遠出してこないことを祈るかな」
(辺りを見回し、諧謔的な笑みを浮かべる)

レクス:「ええ…できれば、遠出していても構わないから、無事に何事もなく通してくれると嬉しいんですけど」
(御者台の上から目の前に広がる荒野を見て)

トーマ:「…この辺りが…例の…。」
    (件の地点に差し掛かると精霊に何か変わった事が無いかと感知を試みる)

 風が強いせいか、風の精霊力が強いように思える。ただ、それだけで何か不自然なことはまだ何もない。

レン:「あの辺がそうですかー? あ、そだ。レン、アルウの村に着いたらお歌歌って人を集めるですぅ♪」
    (何か見えないかな〜と窓から覗く。耳を澄ませて周囲の音を探ったり。)

 風の音が強く、ビュウビュウと耳朶を振るわせるのみである。

ホリィ:「ふむ・・・あそこが最終目的地なのかね。とりあえずまずは情報収集かいね。・・・待ってろよミノちゃーん?そんでもって出来れば俺らが行っても待ったままでいてぇー。」
(窓から迷宮森殿がある方向を確認し呟く)

 荒野はただ、そこに存在している。そこに一体何が内包されているのか、何が隠されているのか、それは此処からでは何も伺い知ることはできない。
 何も変哲のない荒野、それだけなのだが、確実にその先には、かつて『迷宮森殿』と言わしめた何かが待っているのである。

続きを読む "迷宮森殿(第二話)" »

迷宮森殿(第三話)

天聖暦1048年 緑薫の月 ある森中 

  森の中には枯葉を踏む音が響いていた。
 かつて『迷宮森殿』と称された森の中に置いても、その足音は迷うことなくある場所へと進んでいた。
 この果て無き回廊を生み出している中心。その者の金色の右目を持ってすれば、魔力の流れを掴み取るなど造作ももないこと。
「この時ばかりは、姉上の不手際を責める気にはならないな…ヒトの身とは、なんとも不便で…それ故に便利な物だ」
 その者は静寂に包まれていたはずの森の中を枯葉を踏み散らす音と自身の独白で満たす。それが、『森殿』の中心にいる者の眠りを妨げることになると知っても尚、やめることはない。
「見たくないものには瞼を閉じ、聞きたくないことには耳を塞ぎ、言いたくないことには口を噤む。やはり、ヒトは面白いな…それでいて不思議だ」
 周囲を取り巻く風景が変化してきていることに、ようやく、その者は思い至ったのか、右目を伏せる。もう一度、その瞼を開いた瞬間には、つい先ほどまで魔力を追っていた金の瞳は青い瞳へと変化を終えていた。
 僅かにかぶりを振り、艶やかな黒髪が揺れる。前髪を少し払い、正面を見据える表情は気負いもなければ、憐憫もなかった。
「私は未だ中途半端だ。だからこそ、私は躊躇わない。それが神に背く行為だとしても、私は、私『たち』は、その道を辿ろう」
 そうだろう?と眼前に在る者へと告げる。
「君が『鉄鎖』に一体何を願ったのかは知らない。知りたいとは思うけれど、理解はできない。それ程までに君の願いは詮無きこと…すでに事は終わっている。君が思う以上にヒトの作ったものは脆く儚く、そして、それ以上に移ろい易い…」
 かすかな空気の変動を肌で感じ、粟立つのを何故か心地よく思いながら手を伸ばす。
 ただ、ただ、両者の間には時間だけが過ぎていく。
 それだけが唯一の慰めであるかのように。

天聖暦1048年 緑薫の月 荒野

 目の前に広がる荒野。
 風は相も変わらず、強いままだ。向かい風のせいで、窓から顔を出せば砂埃が目に入ったりするだろう。春風と言っても、少し強い感じがする。

トーマ:「予定通り、ここは迂回してまずは村へ…ですね。」
(何も変化の見えない荒野をじっと見ながら、皆と確認)

ホリィ:「てわけで予定通り森の範囲にひっかからねぇよーに、気をつけて迂回してーな?」
(迷宮森殿出現位置だと思われる場所を眺め、レクスに指示)

レクス:「わかりました。いつも使っている迂回のルートを使えば、まず森が現れるようなことはないでしょう。とりあえず、行きさえすれば、宿も使えます。あちらで一泊してから、後日調査をお願いします」
(手綱を張り、荷馬車の方向を変え、進路を迂回のルートへと向ける)

 もはや風は暖かい風というよりは、吹きすぎて肌寒く感じるようになっていた。

トーマ:「…風…ここ数日あまり弱まりませんね…。村から森へ行く頃にはどうなっているでしょうか…。」
(数日間の事、先の事を考えながら呟き)

ナーク:「ん〜・・・。ガウディでてから風強かったなぁ〜・・・。これも異変?」
(といいながら村とその周囲の精霊の気配・配置・濃度などを感知してみる)

 二人の疑問はもっともだろう。もう3日以上経っているのに、風が弱まる気配は無い。異変だと感じてもおかしくはない。
 が、しかし、少し風の精霊の気配が多い位で特に異常は感じられなかった。

 向かい風に少し速度を落としながらも特に大したこともなく、無事に荒野を進んでいく一行。
 馬車の中での話しは、やはり、水辺で出会った銀の獅子の話になったのだろう。レンがおずおずといった感じで皆に問い掛ける。

レン:「…あのね?村についたら…あのライオンさんの事聞いてもいい?」
    <また逢いたいな…逢えるかな? 逢えたらお名前聞くんだ。…シュヴァちゃんみたいに、レンとお友達になってくれるかな?>
    (もじもじしながら皆に調査とは別の事を調べて良いか許可を求める。)

トーマ:「…………。」
<…改めて私の申し上げる事は…>
    (何人にも言われなくてもわかっているだろうと、自分は黙ってレンらの会話を聞いてる。)

ホリィ:「ん、まぁいいんじゃね?・・・元々そのつもりだったけど、こっちのことは俺がちゃあんとやっとくしね。御獅子サマについてはここらの伝承や噂にはひっかからなかったが、あれはあれでちょいと興味深いしね。・・・ん、そん代わり後でちゃんと教えてねぃ?」


ルカ:「うん、いいんじゃないかな。見たところこっちに敵意持ってるってわけじゃなさそうだし、村に着いても村長さんか村の歴史とか伝承に詳しそうな人に聞き込みするだけだから、別に全員で動かなくても大丈夫でしょ。それにしてもライオン綺麗だったねー。あたしもちょっと気になるなぁ」
(少し考えてから、いいんじゃないかとレンに話して。楽しそうにライオンについて喋っている)

レン:『♪あの角の向こうに、何が待つのか。
    踏み出せばそこに 新たなる出会いが待ち受けている。

    ヴェール一枚隔てた向こうに。日常に紛れる影の中に。
    不意に現れる ”誰そ彼” 非日常の世界へ。

    彼の地で待つは誰か? …あるいは何か?
    心躍る冒険の旅。 新しい出会いの旅。』

<シュヴァちゃんにミノちゃんにライオンさん♪ 今度は誰に会えるかな?こうやって色んな出会いがあるから、生きるのって楽しい♪>

 レンの歌声響く馬車にゆらゆら揺られながら一向は当面の目的地であるアルウ村へと到着するのである。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村

ルカ:「やっと着いたーっ」
(馬車から降りると、んー、と伸びをして。まずは村の様子を眺める)

トーマ:「…ここがアルウ村、ですか…。」
(村と村周辺の様子を観察。)

 ようやく、といった感じで到着した村は、それなりの生活水準を維持しているようだった。
 どの家も平均的な大きさでどの家が大きいだとか立派だとか、そういった差異は少ないように思えるだろう。見れば、酒場と一体になった宿や道具屋等がある。

カルロス:「さてと・・・両方の調査は若い力に任せてと。レクス君、昨日話していた爺さんがやっているとか言う道具屋なんだが、場所を教えて貰えないかな?いやね、煙草を買い足しておこうと思ってね」

レクス:「ああ、はい。とりあえず、馬車を宿屋のところまで移動させますんで、それからご案内しますよ。ボクも少し用事があったので。あそこの爺さん、昔は鑑定の真似事みたいななのもやってたみたいなんですよ」
(言いながら、手綱を操作する)

 一向は今日泊まる予定だという宿屋へと向い、レクスは荷馬車を止める。荷の運び出しなどは村の人々が協力してくれて、殆ど手間は掛からないのだと言う。それも明日の朝に行なうらしく、それまでは暇らなのだそうだ。
 早速、各々の思う所があるのか、宿屋から全員が離れていく。
 だが、一人だけ。
 トーマだけは、宿屋の裏にある荷馬車を止める場所で、佇んでいた。
 彼の目の前には、宙に浮かぶ薄緑色の輝きを放つ一人の女性。周囲には風が渦巻き、柔らかな微風がトーマの頬をくすぐる様に常に吹いている。
 明らかにヒトならざる者であることはわかっただろう。

???:「…ねぇ、君。そう、君。できれば、『彼』をそっとしておいてあげてはもらえないかな。私は、あの場所に『今は』近づけないから」

 そう言葉を紡ぐ度に暖かい微風が周囲を取り巻いていく。宙に浮かぶ女性の表情は脅えとも、畏怖とも取れぬ、何故か寂しそうな表情だった。
 トーマとその女性は二言三言の会話を続け、その後に、女性は去って行った。
 それからどうしたものか、風はすっかり止み、春らしいそよ風だけが吹くようになっていた。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村 広場

 広場には、それなりのヒトが行き交いをしていた。
 ガウディと違うのは、ヒトの量と人種の多様さだろう。ガウディが如何に多種族で成り立っている街なのかを実感させるほど、この村にはヒトしかいないように思えた。ドワーフやホビット、グラスランナーはおろか、エルフさえいない。
 そんな感想をレンは抱いたかもしれない。

レン:『♪眼差しは陽を受けて輝く黄金(コガネ)。
      その鬣は優美な銀(シロガネ)、漣となりて風になびく。

           体躯(カラダ)彩る不可知の紋様。艶やかな毛並に黒く奔り。
     揺れる灯火の尾の神秘 目を奪われて逸らせない。

     一瞬の邂逅。 つかの間の幻。 
     今も胸に宿るその姿のしなやかさよ。

     出会ったのは森。 水辺の向こうに。
     音もなく佇んでいた。 音もなく消えた。

     森で出会った不思議なライオン。
     消えてしまった優雅なライオン。』

(広場の様な所で声の響きを計算し、十分に人目を集められそうな場所を選んで歌い始める。)

 すぅ、と息を吸い込めば、春の匂いがする。
 春の匂いがする息を吐き出せば、それは歌になる。
 歌に釣られてヒトは集まりだし、レンの歌に耳を傾ける。

レン:「えっと…レンって言います。森で不思議なライオンさんにあったの。何方か知ってる方っていらっしゃいませんか?それと…霧の牛さんの事も調べてるの。斧で迷宮を作った英雄さんのお話とか。そっちも何か知ってる事あったら、教えて下さいですぅ。」
(歌い終わればぺこんとお辞儀して)

 周囲に集まった人々は拍手を送り、僅かだが御捻りを得た。
 最後にそう尋ねたレンだが、周囲の反応は芳しくなかった。獅子のことも、霧の牛のことも、そのどちらも村人たちは知らないのだと言う。
 だた、その中にいたヒトの男性が言うには、少し前に村を訪れた旅人も同じように歌を歌ってくれたが、あんたほどは上手くなかったと言い、それに反応して「ああ、あれは音痴だった。声はすごい綺麗な声だったのに」と周囲から声が上がる。

村人:「えーと、なんだったかな。たしか…」
(その旅人が歌ってくれたという歌詞を思い出そうとしているのか、こめかみに指を当てて)
 村人の言葉は棒読みだったが、うろ覚えの歌詞を教えてくれた。それによると、

『太陽が真上に輝く時に車輪は廻り始める

 水鏡(みかがみ)は陽光を照らし 舞姫(まいひめ)は朝の訪れを報せ
 鉤燈台(しゃんでりあ)は灯りを作り 墓石(ぼせき)は花を添える
 大伽藍(だいがらん)は空を広げ 振子(ふりこ)は時を刻む
 鉄鎖(てっさ)は法を編み 喇叭(らっぱ)は呼び起す
 暴君(ぼうくん)は鎮座し 顎(あぎと)は吼え猛る
 酒杯(さかづき)は満たされ 影姿(にすがた)は消え失せる
 
 ようやくにして車輪は欠け、廻舞は終わり』


 だったとような、違ったような、という具合らしい。案外間違っているかもしれない、と村人は言っていた。
天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村 

ナーク:「あ、すみませーん。ここの土地の昔話や古い話を聞きたいんですけど、この村で一番長寿な人って誰ですか?教えてください。」
(と、そこらを歩いている村人に声をかけて最長老の人の住まいを尋ねる)

村人:「あ?俺?長寿と言えば…エルトのところのじいさんかな…」
(エルフが珍しいのか、少し驚いて)

 この村では亜人の者がいないのか、若者は珍しそうにナークを見てから、もっとも年寄りの男性がいる家を教えてくれる。

ナーク:「ありがとうございますー。」
(ぺこり、とお辞儀して村人に教わった住まいに向かう)

 教えてもらった住まいは他の家と同じような平均的な家のつくりをしている。言ってしまえば、平凡な家と言う所だろう。
 尋ねてみると、好々爺といった感じの老人が出迎えてくれる。やはり、先ほどの若者と同じ反応で、ナークを珍しげに見ていた。

ナーク:「すみませーん。えっと、私はナークっていいます。ここの土地で昔からある昔話や英雄話とか知っていますか?斧を使う英雄の話とかあったら教えてください。」
(長老の家を訪れて、珍しくちゃんと話しながら話を聞いてみる)

老人:「あまりそういう話は聞いたことがないの…此処らへんはあまりヒトの往来も少ない。元々、ここは大昔あったと思われる村の跡をそのまま利用して作られた村だからの…昔話を知る者は、そうおるまいよ」

 どうやら、老人の話では、この村は、そこまで古い村ではないのだという。
 ゆえに、この土着の者はすでに滅ぼされたか、もっとよい環境を求めて違う場所へと移ったのか、そのどちらかではないだろうか、とのことだ。
 残念ながら、この村には昔話だとかそういった類の話には縁がないようであるらしい。

ナーク:「ありがとうございます。お元気でいてくださいねー。」
(丁寧にお礼をして後にする)

老人:「ああ、ありがとう、お嬢ちゃん」

 ナークは老人の家を後にした。風はすっかり止んでいて、時折、そよ風が吹く程度である。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村

 村の中は平穏そのもので、特に何かに急いているわけでもなく、のんびりとした雰囲気だった。
 そんな中、ルカとホリィは何人かの村人を捕まえて調査を開始していた。

ホリィ:「どうも、こんにちわー。・・・あ、私、この村と交易しているガウディのガウス商会ってところから来させて貰った者なんですがね。・・・ぁあ、ホレイショと申します。ちょいとお聞きしたいことがありまして、よろしいですか?・・・迷宮森殿、突如現れる森とそこにいる霧のミノタウロスについての事なのですが。村長さん、もしくは村でそういった伝承や村の歴史に詳しい方に話をお聞きしたいです。」
(にこやかに挨拶をした後、ガウス商会からの使いだと名乗り話し始める)

村人:「いや、よくわかんないな。ちょっと前に、その突然現れる森だとかっていう話は商会のレクスに聞いたことはあるけど…自分たちでは確かめようとしたことはないな。ああ、歴史に詳しいかどうかはわからないが、村長なら、ほら、あそこの奥の家にいるよ。今なら、ちょうど昼飯後じゃないかな?」

 と教えてくれる。奥の家、といっても他の家と大した違いはなく、正直、村長の家、という感じはしない。
 村長の家をルカと二人で訪ねれば、思った以上に若い男性が出てくる。年の程は30代前半だろうか?村長というには若すぎるような気がする。

ホリィ:「どうも、こんにちわー。・・・あ、私、この村と交易しているガウディのガウス商会ってところから来させて貰った者なんですがね。はい、ホレイショと申します。村長さんにこちらを紹介していただきまして、ちょいとお聞きしたいことがあるのですよ。よろしいですか?・・・迷宮森殿、突如現れる森とそこにいる霧のミノタウロスについての事なんですがね。」
(にこやかに挨拶をした後、ガウス商会からの使いだと名乗り話し始める)

村長:「はい、ガウス商会の方ですね…ああ、私はジーン。村の村長をさせていただいております」
 
 ジーンと名乗る若い村長は丁寧に頭を下げてから、首を傾げてみせる。
 どうやら、ガウス商会からの話で突然現れる森によって迂回することになり、納期が遅れるということくらいしか把握していないらしい。また、その森へと実際に行って、どうにかしようとしたことはないという。
 農耕地にも不便はしていないし、最低限の生活はできるようで、商会からの取り引きも常に受身的なものであるらしい。
 そのため、あえて危険を冒してまで納期を早めて欲しいとは思ってないということを告げる。

ホリィ:「ええとですね、ガウディの方でいくらかは調べさせていただいたのですが・・・・ああ、直接目を通して貰った方が早いですね。・・・・・どうでしょう?心当たりは御座いませんか?当時の村長がどのようにして結界に働き掛け、英雄の魂と対話をしたのかが分かればいいのですが。・・・ガウスさんもこの村との交易の更なる発展を望んでいらっしゃるようで、これが解決できれば双方にとっての利益になると考えておられます。」
(ガウディでの調査結果が書かれた数枚の紙を取り出し相手に渡し問う)

村長:「数年前に村長だった父ならば、わかるかもしれませんが…生憎他界しておりまして…心当たりはありませんね。それに、この村は比較的新しい村です。元々、ここに村があり、前に住んでいた者たちが残した跡を再利用する形で建設されたのだと聞いております。なので…その、英雄云々の話はちょっと…」

 ジーンは手渡された紙を捲り、読んで行く。だが、わかることはないのか、元々この村が前にあった村の跡に建てられたものであることを教えてくれる。また、ガウス商会との交易の発展はこちらにとっても利益があることなので、これからもよろしくお願いしたいとのことだ。
 最後に黙って話を聞いてたルカが口を開く。

ルカ:「あ、後、不思議な獅子についても何か知りませんか?ここに来る途中で見かけて、銀色みたいな灰色みたいな鬣で、金色の瞳、体には何か紋様のような黒い模様があって、尻尾の先には炎が揺れてたっけ。………の辺りで見たんですけど、この辺りではよく見かけられるんです?」
(思い出すように一つずつ獅子の特徴を上げ、出会った場所も伝えて尋ねる)

村長:「いえ、特に聞きませんね。野生の動物なら時折見かけることもあるのですが…お話を聞く限り、普通の獣とは違うのでしょうから…」
(首を振って)

 結局のところ、何もわからない、ということで話は終わってしまったようだ。
 村長の家を辞する頃には夕方になっていて、宿に戻ってから結果を話し合った方が良さそうだ。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村

 レクスと共に歩きながら、カルロスは村の雰囲気をさりげなく見ていた。

カルロス:<牛君やライオンさんがいるところに住んでいるとは逞しいことだ>
(教えて貰った場所を目指しながら、村の雰囲気を探る)

 特におかしいところはなく、良い雰囲気の村だと思える。道で村人とすれ違えば手を上げて挨拶はしてくれるし、友好的だ。ただ、ヒト以外の人種が見かけられない事位がガウディという多種族の街に住むカルロスにとっては新鮮だったかもしれない。

レクス:「ああ、カルロスさん。ここです」
(指差す先には道具屋の看板を下げた家がある)

 店内に入れば、そこは様々な雑貨や品物で溢れ変える雑然とした雰囲気だった。
 奥には頭の禿げ上がった男性がおり、入ってきたレクスやカルロスを見て

店主:「おう、レクスか。それにそちらの御仁は?何がご所望かね?」
(小さな眼鏡をずらして言う)

カルロス:「やあ親父さん、手巻き用の煙草葉はあるかな?あるならその中で一番濃いやつを頼むよ」
(店主に注文しながら店内に掘り出し物がないか見回す)

店主:「ああ、すまんね。煙草なんかはここらではゼイタク品以上のゼイタク品でね。入ってないんだ。悪いね」
(ぴしゃり、と額に手を当てて)

カルロス:「それじゃあ、良い釣り竿は無いかな?なるべく軽くて丈夫で、旅に適したモノが欲しいんだ」

店主:「それなら、あるさ。分解して持ち運べるタイプのがある。それも強度は高いから、安心して欲しい。たしか…」
(どこにあれはしまったっけな、と店の奥へと戻りがさがさやっている)

 暫くすると店主は一つのケースを持ってやってくる。
 そのケースはくすんだ白色をしたケースで黒い持ち手がついている。やけに薄く、コンパクトなつくりになっている。
 分解された状態で入っていて、3つのパーツから成り立っているらしい。組みたてもスムーズに行なえて、手に持った感触もすこぶるよろしい。
 強度も高いという言葉の通り、本当に組み立て式の物なのかと疑いたくなる程の品だ。

店主:「御仁には煙草で残念な思いをさせてしまったからね。少し、負けて銀貨3枚で良いよ」
(ニカっと歯を見せて笑い)

カルロス:「成る程、良い竿だ・・・これも頂くよ。」
(手に持ち感触を確かめ、懐から財布を取り出す)

 銀貨3枚を支払ってケース入りの釣竿を受け取る。

カルロス:「良い買い物をさせて貰ったよ、ありがとう。・・・ところで親父さん、この辺りに野生の獅子なんてものは出たりするのかい?ミノタウロスやら獅子やら普段の生活も大変じゃないかい?」
(支払いを済ませてから、思い出したように尋ねる)

店主:「いや、まずいないじゃろうて…そんな物騒なもんがいたら、この村なんてあっというまじゃろ。自分たちからちょっかいを出さなければ、何もしてこないのであれば、突付かないのが一番じゃろ」

 店主が言うには、特にそういった類の物が現れることはないそうだ。時折、妖魔が現れたりすることもあるそうだが、これも村の警戒でどうにか対処のできる程度の規模らしい。
 店を出ると、日が沈む頃合いだ…

続きを読む "迷宮森殿(第三話)" »

迷宮森殿(第四話)

  歌を歌うのなら、風の歌が大変よろしい、と彼女は言った。
 どうせなら、飄々としていて、どこか愛らしい風精の歌が良い、とも彼女は言った。
 ああ、それなら。
 彼は少しだけ物怖じしながら歌った。お世辞にも上手いとはいえなかった。声もあまり良い声だとは思えなかった。それでも彼女は良い歌だと言い、その声が好きだと微笑んだ。
 彼女に顔を覗き込まれる度に彼は、少しだけ惨めな気分になり、顔を背けようとして失敗してばかりだった。どうせ気まぐれなんだと思った。彼女は愛らしい顔立ちだったので、皆から特に好かれていた。だから、いつだって彼は疑ってばかりだった。
 どうせ気まぐれなんだ。
 いつもそのことを思う度に胸が締め付けられて苦しかった。
 どうして僕はいつも、肝心な時に間に合わないんだろうって、彼は未だ痛み続ける胸を叩いた。この痛みを忘れられるのであれば、どんな苦痛でも受け入れると思った。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村

 夕暮れ時。アルウ村は平時からすれば、それなりに賑わっていた。
 なぜならば、商会からの荷馬車が着ていることだ。物資の多さは、それだけで村の活気に繋がる。珍しいもの、見たことのないものがあれば、村人たちは興味津々に寄ってくる。村という小さな環境には、軽い刺激でも大きな刺激になるものだ。たとえ、それが物でなくて、ヒトであったとしても。
 小さなグラスランナーの歌い手だとすれば、特にそうだろう。レンは銅貨ばかりではあるが、32枚程のおひねりを得ていた。
「どうもありがとうございましたですぅ♪おもしろいお歌ですね。声が綺麗な方だったですか〜。お名前とかってわかりませんか?何処に行く途中だとか…。続きがあるっぽいお歌だから、レン最後まで聴いてみたいですぅ♪是非お逢いしたいので特徴とか教えて下さいなの〜〜〜。」
「うん、すっごい、声だけは綺麗。名前はあるとかないとか、曖昧なことを言ってたね。ガウディに行くって言ってたよ?黒髪が綺麗だったし、青い瞳で肌は褐色だったから…きっとゼクスセクスのヒトだったのかな?」
 村人たちは、そう言って教えてくれたが、歌の続きはあったかなかったか、うろ覚えなのだと言う。なにせ、音痴だったから、と。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村

 やはり、同じ頃。エルフのナークは再びエルトの祖父の家へと訪れてた。本日二度目になる来訪に、少し気が引けてはいたが、気になるものはしようがない。
「ごめんくださーい。度々訪ねてきてごめんなさいねー」
 エルトの祖父は、少し驚いた表情をしたが、顔を綻ばせて快く家へと招きいれてくれた。
 あまりヒトの出入りは少ないのか、客人というのが単純に嬉しいのか、彼は基本的に嬉しそうだ。
「えっと、さっきは昔話なんだけど今度は昔からある石碑とかなんとか。家だと勝手に入っちゃ悪いからそれ以外でそーとー昔からあるって言われている建造物ってありますか?」
「石碑…ではないようだが、村の外れに一つだけ墓石が残っておって…もう何百年も前の物らしく、何が刻まれてあったのか、ようわからん」
 そう言うと村の外れにある林の中にある墓石?のことを教えてくれる。何が刻まれているのか、長い年月と風雨のせいで誰の墓なのか、わからなくなっているのだという。
 恐らくかつてあった村の有力者の墓なんじゃないだろうか?という意見だ。
「ふんふん・・・。ありがとうございます。また来る機会があったらお話させてくださいね。」
「ああ、遠慮しないでいらっしゃい。老人の古臭い話でよかったら、いつでもしてあげるよ」
 老人は嬉しそうに言ってナークを見送った。
 久しぶりに長々と話せたことで、僅かに元気が戻ったようで彼女を見送る手は力強かった。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村の外れ

 訪れた場所は、林の中だった。老人の語った通り、確かに村のはずれ。この村の墓地というのは、また別の場所にあるのだが、それもそう数は多くはない。
 だが、目の前には確かに墓石のようなものがある。ざらざらとした石の触感が、長い年月を感じさせる。
「ふむ・・・。これかぁ・・・。どれどれ・・・ってこーゆーのは専門家じゃないんだけどねぇ〜・・。」
 やはり、老人の言うとおり、何も読めそうなものはない。辛うじて何かが刻まれていたであろうということはわかるし、石の形からして墓石なのだろうということはわかる。ナークにわかるのは、それ位だ。
 暫く、その場で佇んでいたが、ふとナークの目に留まる物があった。
 ここ数日の強い風のせいか、土が削られ、ちょうど墓石のすぐ下に黒く砂と同化するようにして埋もれている何かを見つける。
 手で慎重に掘り出してみると、それは花環をあしらった指輪であった。ただし、色は指輪には似つかわしくない黒色だった…ナークはとりあえず、それを手に酒場へと戻っていったのであった。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村 酒場

 酒場は村の若者が数人いるだけで、特にガウディのような活気はない。そもそも、それと比べること自体が間違ってはいるが。
 酒場にはすでに冒険者のメンバーは揃っている。
「やぁ、こんばんわぃ。んっと、ウイスキーダブルで。・・えっと、あとは果実酒だったかな、ここの村でオススメのとかあったらそれでね。そんでもって適当になんか摘めるモン。」
 ホリィが酒を頼むと親父は静かに頷くと、素焼きのコップと木の実を炒った物を出してくれる。
 メンバーたちが各々の注文を伝えると、
「…というわけで、結局ライオンさんの事も牛さんの事も何にもわからなかったですぅ〜。あ、でも不思議なお歌を教えて貰ったですよ〜。 旅人さんが歌ってたって。えっとね?ちょっと尻切れトンボな感じだったの…」
 レンが昼間の出来事を話す。歌う詩は、昼間、村人が教えてくれた詩だった。これに一体何の意味があるのか?皆の興味は尽きない。
 誰か続きを知らないか?と尋ねてみても誰も知らないのだと言う。
「・・・うん、ありがとう。ところで親父さん、この辺りに池や湖とかはあるかな?あるとしたら、そこにまつわる昔話なんてものも教えて欲しいんだが・・・誰それがこうしたとか、ヌシがいるとかなんでも良いんだけどさ」
 カルロスがワインを掲げながら親父に言うと、
「確か、小さな池ならあったな。昔は親父なんかと行ったもんだが…あまりお薦めはできないな。そこの池の魚だけ何故か体が一様に小さいんだよ。まあ、簡単に釣れてはくれるが、お客さんからすれば、それはそれでつまらないもんだろ?」
 こういうことを教えてくれた。
 あるにあるが、どうにも釣り応えはないのだと言う。それくらいなら、と、予定の道を少しずらせば、良い場所があると教えてくれる。
 レクスの話だと正午に例の場所へと行くためには、ちょうどよい時間潰しになるかもしれないと言ってくれた。
「フムン。じゃあ、もう一つ教えて貰いたいんだがこの強風はこの村では年中吹いているのかい?いやね、砂埃が絡まって大変でねぇ・・・」
「いや、ここ何日かだけだな。でも、もう止んだだろう?春一番っていうやつかね。夕方ごろにはもうぱったりだからな」
 カルロスの胸毛を見て、軽く笑って親父はカウンターに戻っていく。
 そんな面々を見つめつつ、トーマは一人物思いにふけっていた…

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村

 中空に浮かぶは、人外なれど、人形の者。
 薄緑の衣と風を纏い、寂しげな表情を浮かべる女性。
 それを見て、トーマは驚きを隠せなかったのだろう。
「…!…あなたは…風の? …この所の風はあなたが…。我々は…真実を知りません、真実をまだ何一つ掴んでおりません…。だから何がしかをご存知の貴女が行くなと仰るのならば他の方々の説得を試みるのもやぶさかではありませんが…、我々には…何もする事が無いと?」
<…我々は真実を知らない…が、既に数々のヒトが…森に消えてしまっている…。知らぬままでは…。>

 トーマの言葉に彼女は、わかってない。何もわかってはいないのだと首を振る。
「…行くなとは言っていない。そっとしておいて欲しいと言っている。それだけが慰め。それしか、私は知らないから、そうとしか言えない」
 風は彼女の感情に支配されるかのように強く吹いたり、弱々しくなったりと不安定だ。
 ローブが風にはためく。だが、トーマにはそんなことはあまり関係がなかったのかもしれない。
「…『彼』とは…かつての村を守ろうとした方の事…? 貴女は『彼』とどういったご関係が…? 『彼』は…今に満足しているのですか? 私達は…彼が、守るものも失い、ただ荒野でヒトを消失させているのなら…その縛(ばく)を解き放ちたい…、その数百年続いている今はもう報われぬ務めを…終わらせたい。」
 確かに、迷宮森殿にいる者を縛るものは存在するのであろう。話を聞く限りでは確かにそう思えるのだろう。トーマにとって、それは『務め』と捉えたのだろう。
「…君。君も『あれ』と同じ事を言うんだね。彼は言ったんだ。『絶対に。絶対に、見つけ出してみせる』って…私には彼が何を探していたのか、見つけ出そうとしていたものが何なのかわからなかった。けれど…それは今でも続いているのだと思う。故にヒトはまた此処に戻ってきた。『デミドローミ』の枷の通り…」
 ふい、とトーマから視線を外し、彼女は徐々に空に上がっていく。風が渦巻き、目を開けていることさえ、困難になっていく。
 そして、トーマは掠れる視界の中に雨ではない水が陽光を受けて微かに輝いたのを見ただろう。 「…貴女は何時、或いはどうすれば…近づけるようになるのでしょうか…?ヒトは…あの森を安らかに消し去る事が出来ないのでしょうか。」
 霞む視界と風が完全に止む頃には、その問いに応える者はもうなかった。
 一人、そこに残されたトーマは何を思っただろうか?不可解?それとも、何かを汲み取ることがあっただろうか?それはトーマの胸の内にだけの真実。

天聖暦1048年 緑薫の月 アルウ村

 次の日の朝。
 荷馬車の荷が降ろされ、村人たちの手に物資がいきわたったことを確認んしてレクスは馬車の手綱を握った。
 トーマはその間に、昨晩ナークが話してくれた場所へと訪れたが、特に何か収穫があるわけもなかった。精霊力の感知も行なってみたが、特に変わった様子もない。特に風の精霊力にも代わりはなく、彼の目の前に、彼女の姿が現れることはなかった。
 一行は、そのまま、村を後にし、例の場所へと馬車を進める。
 途中、時間調整のために池に寄り道をした。
「・・・・・・・・・くぁーーぁ。・・・なんつーかまぁ、平和だねェ。」
「この竿ならばヌシがいたとしても・・・はっ!」
 カルロスとホリィが釣りに興じ、少しばかり大きめの魚を釣り上げた。
 特にカルロスの竿は、店主が太鼓判を押すように素晴らしい物で独特の撓りと強度を残しつつ、カルロスの力を上手く伝えてくれた。
 道中は比較的穏やかな物でさしたる障害に遭遇することは無かった。
 馬車の中では、レンの歌声が響く。
『♪蒼天に祈り解け 願いは地に満たされる。
  千歳(チトセ)の闇に星は瞬き 月は等しく夜を渡る。

  幾年の巡り 繰り返し 繰り返して。

  祈りは何処へ消えるのか? 願いは何に変わるのか?
  言の葉に乗せて 私へと伝えて。

  想いは天(ソラ)に還るのか? 望みは地へと生まれ来るのか?
  言の葉に乗せて 私へと教えて。

  穏やかに光満ちる春。艶やかに咲く花々を供儀として。』

 詩は歌として紡がれ、世界に溶けていく。
 その歌の意味がどうであれ、世界はそれを受け止めて吸い込んでいく。同じように馬車にいる面々の耳にも同じように。
『♪子等の笑い声あどけなく 糧を得る農夫額に汗する。
     日々は穏やかに去りゆき 人は等しく死(ヤスラギ)を得る。
    <<戦いの日々は終わり 村に平和が訪れました。
     人々は皆 粛々と生き そして大地へ還ります。>>

     幾年の巡り 繰り返し 繰り返して
    <<このままあとどれぐらいの歳月をそうやって過ごしますか?>>

     心に何が残るのか? 助く手は其処にあるのか?
     導べ(シルベ)の道を 私へと伝えて。
    <<貴方の願いは何ですか? 手助けは必要でしょうか?
     そのためにここにいます。どうか私を使って下さい。>>

     森は謎に閉ざされて 風は彼方を舞えるだろうか?
     導べ(シルベ)の道を 私へと教えて。
    <<閉ざされた迷宮の扉を開き、 新たな息吹を伝えるために。
     そのためにここに来ました。どうか私を使って下さい。>>

     ものみな眠りから覚める春。 永久(トワ)なる安寧/開放を願わん。
    <<全てが新しく生まれ来る春に 貴方へ安らぎを届けたいのです。>>』

 彼女の想いがどうであれ、伝わる言葉も、伝わる気持ちも、それを受け取る者次第なのだろう。彼女の力の篭った歌声は何を呼び込むのか。誰にもわからなかった。
 それでも歌うことをやめない。
 止める者もなかった。
 呼吸をするのと同じように、言葉が紡がれていく。世界を揺さぶっていく。
 
 そして―――――――――――――

天聖暦1048年 緑薫の月 迷宮森殿

 その異変に最初に気がついたのは、ナークだった。
 レンの歌声が響き、まさに太陽が頂点に達した時。『それ』は舞い降りた。
 『それ』は黄金の翼を持つ、ヒトの形をしたヒトではない何か。手にしているのは、三叉の矛。黄金の装飾がなされた白い柄は、精錬された美しさがある。
 何故かそう思わせる程に、全員の体を恐怖が縛り上げる。体の芯から締め付けられるような感覚。
 全員が全員ではないが、痺れるような感覚が体の動きを鈍くしていく。
「我は車輪三座位の鉤燈台(しゃんでりあ)」
 荘厳な声が、周囲に響く。
 声が響くのが先か、『それ』が舞い降りるのが先か、荷馬車の二頭の馬が急に暴れだし、荷馬車が激しく揺れる。
 その様子を見て、微かに『それ』は手にした三叉矛を振って見せた。
 次の瞬間には体を縛る恐怖も、消え失せ、馬も大人しくなっていく。
「……あ、待って。………キミは誰?ここで何をしてるの?」
 いち早く、立ち直っていたルカが言葉を発する。
 『それ』はルカの容貌を眺める。特に白竜飾りの剣を見て、目元を険しくするが、すぐにそれも消える。 「嘗ての我が同胞の願いにより、此処に座す者」
 静かに続ける『それ』は、美しい女性の姿をしていた。落ち着いてからみると、それは羽根飾りのついた兜に金装飾の衣、それに陽光のように美しい金色の長い髪をしていた。そう例えるなら『戦乙女』。
「…と、ごめん、人に尋ねる時は先にこっちから名乗らないとかな。あたしはルカで、この辺りで急に現れたり消えたりする森の調査に来てるの。迷宮の森でずっと頑張り続けてる英雄さんにもういいんだよってわかってもらわなきゃ。巻き込まれた行方不明者が沢山出て困ってるし、それに…、守るべき村は既にない上、人を守る為に作った森殿が人を傷つけてしまってるのは英雄さんにとっても本意じゃないと思う。彼の為にも、もう終わらせたいよ。………もしかして、キミ何か知らない?」
 まともに言葉を発することができたのはルカだけだった。他の者は誰も口を開くことができない。それほどまでに先ほどの『縛り』は強烈な物だったのだろう。
「…『あれ』はすでにヒトではない。ましてや、『英雄』と呼ばれるものでもない。それに、それは『あれ』が望んだことだ」
 目を伏せ、ルカに言葉を返していく『戦乙女』。
「違うな。間違っているぞ、『白竜の剣士』。『あれ』のために終わらせたいのではないだろう。お前たちの都合で終わらせたいのだろう。『あれ』の想いを知って尚、果たして同じ言葉を告げることがお前にできるのか?」
 三叉矛をルカに向け、『戦乙女』は告げる。
 想いを知って尚、彼の者を刃にかけることができるのかと。咎を負っても尚、生きていくことができるのかと。
 不意に『戦乙女』の体に陽光が集まって輝きを増していく。まるで太陽の様に。
「後は、お前たち次第だ。我が嘗ての同胞との約は果たした。我が此処にこれ以上留まる理由はない…もう一度言う。ヒトの子らよ。お前たち次第だ」
 輝きが一層増した、次の瞬間、『戦乙女』へと収束していた光が弾け、当り一帯を光が覆い隠していく。光が晴れた頃には、『戦乙女』の姿はすでになく、目の前には荒野が広がっているだけだった…
 この邂逅が面々の心にどのような影を落としただろうか?強すぎる光に当てられた自身の影はより一層深い色をしていたことだろう。

続きを読む "迷宮森殿(第四話)" »

迷宮森殿(第五話)

天聖暦1048年 緑薫の月 迷宮森殿

 強い光は、時に目を潰す。
 陽光の輝きを放つ『戦乙女』は、圧倒的な威圧感だけを面々に残したのかもしれない。脆弱たるヒトと上位種と思われる生物との圧倒的なまでの違い。
「為に”も”だってば。出会った時どうするかなんてこの時点で答えを出せってほうが無理な話だよ。今のあたし達は彼の想いって言われてもそれを知らないんだから。ま、仕事だし行かなきゃ、ね。」
 ルカの呟きはもっともなのだろう。小さく肩を竦め、他の面々の様子を見るとレンが癇癪を起こしていた。
「…それなら直接お話させてくれればいいですのに!!伝言ゲームは間違いの元なんですからねぇ〜〜〜!!!ご本人とお話しても無いのに気持ちなんか判んないですぅ〜〜〜ッ!!貴方がした約束ってのもなにさ〜〜〜!!」
 また一報でカルロスは以前、邂逅したことのある者について思いを馳せていた。
「有翼人種・・・か?以前逢ったご婦人と比べると愛想が無さ過ぎるねえ・・・ミステリアスな女性は嫌いじゃあないんだが・・・」
 確かに翼こそ生えていたが、それと同じものなのかどうかまではわからない。
 なあに、行けばわかるさ、と楽観すると同時に悪い予感のようなものがカルロスの胸の内に芽生えたかもしれない。
「…『彼』…探しもの…会えない女性…。」
 胸の内に交錯するのは陽光の輝きを放った先ほどの『戦乙女』と薄緑色の衣と風を纏った女性。そして、ナークが持ち帰ったという指輪、『彼』の言う約束、そのどれもが未だ線では繋がらない点としてトーマの中に点在していたのではないだろうか。
「想い、かァ。威圧感共々言うことも一方的なこった。・・・つか匂わすだけ匂わして言わずに去るってのはどーよ?・・・ま、お仕事だしハタ迷惑な化石ヤローの事情なんざ関係ねェんだよね。・・・てわけで構わず突入しちゃいましょーや。」
「…わかりました。一応、用心はして進みますが、何か遭ったときは、皆さんの指示を仰ぎます…それも叶わない時は…」
 自分の判断で動きます、とホリィに答えるレクスが馬車を慎重に操作していく。
 二頭の馬は先ほどの出来事などすでに忘れているかのように、何事もなく荒野を進んでいく。
 あの『戦乙女』が向けた三叉矛が何か関係しているのだろうか?少し振っただけで馬の暴走を止めていたような節さえあったが。
 暫く、荒野を進む間に面々のうちで少しやり取りがあった。
 情報の整理や、ナークが見つけてきた指輪のことだ。
「・・・。コレって、一体誰のなんだろう・・・。埋もれて黒くなっただけなのか・・。他の理由があるのか・・・。はてさて・・」
「ね、あたしにもちょっと見せて?」
 ルカがナークから指輪を受け取る。
 良く見てみると、それは黒ずんだ花彫刻の指輪であり、花弁の彫刻が成されているというよりも一枚一枚の花弁の細工を繋ぎ合わせた花冠のような形をしている指輪である。
 さらに指輪の内側を見てみると古代語でヒトの名前のような文字が掘り込まれ、その後にこれまた古代語で数字を表したような文字が確認できた。
 どうやら、男性女性用どちらかなのか、わからないが…ルカがどの指に嵌るだろうか、と自分の指に嵌めた瞬間、ルカは自身の体が重くなったように感じた。それが肉体的なものではなく、精神的なものであることに気がつくのに数瞬を要しただろう。
 これは、装着した者の精神力を軽減させる品物であるとわかっただろう。だが、しかし、精神力と引き換えにもう一つわかったことがある。それは、自身の視界が急に開けたような感覚だ。
 どうやら、この指輪は装着者の精神力と引き換えに知覚する力を引き上げる効果を持っているようだ。 ホリィがナークに注意を頼み、馬車は進んでいく。
 今の所、異常らしい異常はない。
「…ッ!?これは……」
 レンが自分に言い聞かせようと歌を歌おうとした瞬間、レクスが呻くのが聞こえる。その言葉が全員の耳朶を打つ前に、周囲の光景が様変わりする。
 まるで、景色そのものが塗り替えられるように、荒野から森へ視界が変わっていく。
「さっきまでは荒野だったというのに・・・世の中不思議が一杯だね」
 瞬時の内に、今まで見据えていた荒野は、森中に変わり、カルロスは戸惑う。話に聞いていたのと、自分たちが実際に見たものでは、随分と違う迫力があったのではないだろうか。
「ふむん、森が出るってのは本当だったな。御大層なこって。・・・さって、ゲームが下手な珍入者に現を抜かしていたが、そろそろちぃとばかし気合い入れてかなきゃなんないねぇ。レクスサンも馬車の制御はしっかり頼んますよん。マイシスター・ナークちゃんも注意して見ててぇな。」
「りょーかい。・・・。」
 ナークが頷き、トーマもまた森の中の精霊力を感じ取ろうとする。
 森の中の精霊力は…問題なく働いているようだが、森の中にあって不自然な精霊力を感じる。
 ナークにとって、それは馴染みのある精霊力だったのかもしれない。微かに、だが、ミレイとは違う鏡のような何かを反射させる作用を持つような…水か氷か…ともかく、そういった性質を持った精霊力が働いているように感じたかもしれない。
「…車輪さん…一体何人いらっしゃるですかねぇ…。こうなるとあの謎なお歌は関係してくるですか〜〜〜。お歌歌った方もライオンさんもその『車輪』さんなのかな?あ、お歌の方は綺麗な黒髪で、褐色に青い瞳。声は綺麗。名前はあるとかないとかって言ってたそうですよ〜。トーマさまが逢われた方も『車輪』さんなのかなぁ???」
 確かに彼女は『車輪』と名乗っていたが、それが一帯何を指すのか、あの村で聞いた歌詞と関係はあるのか、答えは出ない。
「…………っ。」
 レンの問いにトーマは川エル変わりにセンスマジックの魔法を唱える。
 視界が周囲の魔力を感知する瞳となり、森の中の魔力を探り出す。一番強いと感じるのは、やはりルカの剣だろう。強い魔力のため、下手に直視すると目が使い物になるかもしれないと思いながら、そのほかの魔力を探る。
 周囲にはかすかだが魔力の流れが見える。自分たち一人一人から微かに魔力の筋?のようなものが見え、それがある一方へと向っているのが、理解できた。
「さってと、この方向でいいのかね。・・・相手は逃げても追ってくる化けモンだ。遭遇した場合は馬車のこと任せッからいいように頼んますよん?」
 馬車がトーマの指し示した方向へと向う。ホリィは道行く森の様子を見ていたが、騙し絵のように同じ光景が続いている。奇妙なまでに同じ光景が続いているのだ。
 それに通常の森であれば、感じる生物の営み、鳥の鳴声や風の音さえ聞こえてこない。やはり、普通の森とは違うと感じるだろう。
 だが、暫く、進むと目の前から一人のヒトが歩いてくるのが見えた。
 艶やかな黒髪に褐色の肌…遠目ではよくわからないが、青い瞳をした女性…だろうか?旅人風な服装をしている。彼女はこちらに気が付いていないのか、フラフラとした足取りで歩いてくる。
「・・・誰??それか何?・・・とりあえず、ここは穏便に話し合いでもぉ〜。」
「ぁ?なんだァ??・・・ナニ?まぁた車輪とかゆーの?それとも英雄ゥ?アンタ誰よ?・・ぁあ、俺達ゃこの森のせいで困ってる人らのために来たもんだが・・・まぁゆっくりしていってくれや?」
 ホリィとナークの言葉に気がついたのか、彼女は微かに首を傾げてみせてから、
「誰…と言われても困るのだが…そうだね、『車輪』ではないね。後、英雄でもないね。少し休ませてくれるというのなら、ゆっくりさせてもらうよ」
 面々の馬車に近づいてくる。
「君が噂の旅人かい?俺の名はカルロス=バンデラス。この出たり消えたりする森と霧のミノタウロスについて調査・解明に来た者だ。この森について何か知っていることがあるなら教えて貰いたい。君は俺たちよりずっと詳しそうに見えるんでね」
 腰に帯びた細剣から手を遠ざけて名乗るカルロスに彼女は微かに笑む。
 それから、カルロスの容貌を一瞥してから、長い黒髪を払い、頭を下げる。
「噂になっているのかい?名乗られたからには名乗るのが礼儀なのだろうね…でも、困ったな。なんていって自己紹介して良いのかわからない。嘗ては誓いを篭めて『ライン』とも呼ばれたし、慈しみを持って『スクーレ』とも呼ばれたこともあるのだけれど…そうだね、私はネムレス。そう呼んでくれ」
 どうやら、この人物が村に訪れたという旅人に違いないようだ。
「そうだね…霧のミノタウロス…『彼』には逢ったけれど…まあ、話してみることもできなかったんで、逃げてきたんだけど…」
 ネムレスと名乗った人物は、中性的な声色で続け、警戒の強い面々の顔を見て肩を竦めた。
「じゃあナニ?・・・アンタここでナニしてんの?そんでもってナニを知ってんの?・・・ここにいるって事は、なんかあんだろゥ?」
 怪しむような気配を言葉尻に感じたのだろう、ネムレスは少し脅えたように一歩下がった。
 一瞬のことだが、鈴の音が一歩下がった時に聞こえた。それがどこから聞こえたのかわからなかったが、ネムレスの動きに対応したかのようなタイミングだった。
「…怖いな。ガウディに行こうかと思ったら、ここで思わぬ出来事に見舞われてね…森から出れないんだよ。私が通った道には、ヒトと馬の死骸…それに馬車の残骸があったがね。私もあーなってしうまのかと思って、歩き通してみたんだけれど…何を知っているのか…か。あまり期待には添えないかもしれないけれど」
 力にはなるよ、とネムレスと名乗る人物は告げる。

続きを読む "迷宮森殿(第五話)" »

迷宮森殿(第六話)

いつかのある月 迷宮森殿

 迷宮と化した森の中、彼は独りだった。
 いつから、自分がここにいるのか。何のために此処に存在しているのか。何がしたかったのか。長すぎる時は全てを曖昧にするには充分な力を持っているように思った。
 どうにか、どうにか、見つけ出そうとする。自身が自身を縛る何かを。
「ヒトは誰だってそうだけれど、自分で思うように生きられるわけではない。自分で思うように生きているヒトなんて誰もいない。けれど、それ故にヒトはみんな自由なのよ」
 彼女はそう言って微笑った。それは簡単なことなのよ、と。
 よくわからなかったが、とりあえず頷いた。彼女と自分の間には見えない線が引いてあって、やっぱりそれはどうしようもなく自分を苛む何かなんだと彼は思い、また泣きたくなった。
 迷宮と化した森の中、彼は泣いた。
「だけど、あんまりじゃないか。どうして僕らはこんな思いをしなければならない。僕が何をした。彼女が何をした。どうしてこんなに苦しいんだ」
「それが咎。それが罰。お前は、そのために生まれ直った。それがお前の望み。お前が私に差し出した全て」
 『車輪』の『鉄鎖』が厳かな声を響かせた。
 かつては黄金だった翼は折れていた。そして、何より美しく豊かだった金色の髪は白色に変わっていた。何もかもが変わっていた。超常の存在であった彼女でさえ、変わることを止められない。
 彼女はそれを受け入れていたのだと理解するのに、少し時間が掛かった。
「ヒトよ、ヒトの子らよ。それが『デミドローミ』の枷。良いか、忘れるな、ヒトよ。幾ら縛ろうとも、幾ら留めようと、お前の望むものは全て『デミドローミ』の枷からすり抜けていくぞ」
 あまりに惨酷な事実に、『鉄鎖』は白色の髪で濡れた瞳を隠した。
「私の時間は、ここまでだ。すでに私は『堕天』ている…お前の行く末を見守ることができないのは残念だが…すまないな」
 その言葉が何を示しているのか、彼は正確に理解していた。
 この全てを縛り付ける『デミドローミ』がもたらす物と自分から奪い去っていく物がなんであるのかを。わかっている。『鉄鎖』が自らの身を削ってまでも作り上げたのが、この『森殿』なら、自分が喪うのは『存在』そのもの。

 それをヒトは『記憶』と呼ぶことも、彼はよく知っていた。

迷宮神殿(第七話)

天聖暦1048年 緑薫の月 千年都市ガウディ

 その瞬間を『彼の者』は、間近で見ているような目で見ていた。
 その瞳に映るのは赤髪の青年と黒髪の女性。どこか懐かしさと言い知れぬ感情を秘めた瞳は、何をするまでもなく、見つめ続けていた。
 不意にその二人の姿が揺らぎ、歪み、『世界』から消えていくのを確かに見ていた。
「…ようやく…花環の一つが放たれたか」
 かけがえのないものを喪ってまでも、手に入れたかったのだろうか、と『彼の者』は独白する。
 けれど、その独白を聞くものは此処にはいなかった。



天聖暦1048年 緑薫の月 ある場所

その瞬間、彼らは作業をしていた手を一瞬止めた。
「館長。第18真書の第5項、2節が消滅しました。遺失物係に届けさせますか?」
 静かに美しい女性の声が響く。
 その静謐なる空間にはそぐった、玲瓏なる鈴の音にも似た声の主は、その視線を書架の奥にある者へと向けた。
「構わない。大方、『眷属種』の環が途切れたのだろう。私たちが手を出すことではない。あるがままにあれ」
 書架の奥に在る物はそう告げ、玲瓏なる声の主は、また何かに筆を走らせる作業に戻った。だが、また一瞬手が止まり、宙に視線を投げたが、また淡々とした律音を響かせ始めた。



天聖暦1048年 緑薫の月 迷宮森殿

「やはり…ダメだったか」
 その言葉はあまりに小さすぎたので世界に溶けて消えた。誰の耳にも留まらず、風の音に掻き消されていった。



天聖暦1048年 緑薫の月 荒野

 馬車の揺れる音や、隣で疲れて寝ているホリィの呼吸、ルカとカルロスが交わす他愛のない会話、トーマが外を眺めて聞き入っている風の音、時折、レクスと共に手綱を張るナークの声…そのどれもがレンにとっては心地の良い『詩』だったのではないだろうか。
 荷馬車を護衛して村へと運ぶ。
 そういう依頼は冒険者にしては珍しくない。いつでもあるような平時の依頼だ。
 ただ、違うことは、村への進路にダークエルフが現れるということだ。すっかり弱ってしまった依頼主から依頼を取り付けて来たのはホリィ。それにルカやカルロス、ナークにトーマ、最後に自分が加わったのだ。
 今は帰り道だ。ダークエルフは手強かった。妖魔軍から追放されたか、何か失敗をやらかして放逐されたのか、そのどちらでも構わないのだが、二人のダークエルフは見るからに落ちぶれていた。身につけていた装備品もお粗末なものだった。
 だからこそ、勝利できたのだが。
「それにしても、風が暖かいですね…」
 トーマの呟くような声が聞こえる。とりあえず、仕事は成功したのだ。帰れば一人頭銀貨60枚の報酬だ。ほくほくした気分になるのも頷ける。
 でも、何か違う。
 違和感だけが、胸の奥でざわめいている。

「何か、大事なこと…大切なことを…」
 誰かが、呟いた。ルカだったかもしれないし、カルロスだったかもしれない。いつのまにかホリィが起きてきていて、眠気覚ましに一曲歌ってくれや、といつもの笑顔をレンに向けた。
 もやもやとなんだか、頭に靄がかかったようなんだ、ともホリィは言った。
 それに釣られるようにしてトーマも、それが良いと頷いた。
 吟遊詩人は胸に抱いたリュートの弦を微かに揺らす。
 さて、どんな歌を謳おうか。
「あ、じゃあさ、あの歌が良い。"あの歌。あの風精の歌が良い"」
 ルカが言う。
 "あの風精の歌"?レンは小首をかしげる。それはどんな歌だっただろうか?そんな歌は自分のレパートリの中にあっただろうか。『記憶』の中を小さなレンが走り回る。
 どこにもない。一体どこにしまってしまったのだろうか。走り回っても、見つからない。高い場所にあるのかと思って飛び跳ねても小さな背では上までわからない。
 涙が出そうになった。哀しくて、悔しくて、どうしようもない自分に涙が出そうだった。
 もう、泣いても良いだろうか、と思った。
 けれど。レンではない誰かが呟いた。
「いいや、泣いてはならない。君は自分が思っているよりもずっと強い。惨めでもなければ、非力でもない。だから、決して泣いてはならない。それが『歌守』たる君の務め」
 暖かい風がレンの頬と弦を、そっと撫ぜた。


    歌声よ風と共に。朗々と響きわたれ。
    蒼天の元 どこまでも大地を廻り駆け抜けて 
    儚き夢の移ろう中に 出会い 別れを 繰り返す
    そして数多の人々を
    戯れ癒し 憩わせて 世界(自然)の声に耳済ませる 
    そうして そうして 歌声は
    地に水に火に風に 囁く始原の産声を
    祝うだろう寿ぐだろう
                                  』

 レンの口から自然と詩が零れていた。
 そして、5人は気付いた。

 自分たちが無くしたくないと願った物がなんであったのかを…

GM:サニロ
千年都市ガウディに戻る

Copyright(C) RPGNET Japan. All Rights Reserved.
掲載情報の著作権は RPGNET Japan に帰属します。
Copyright(C) Heaven's Gate Project. All Rights Reserved.